「会社」と「カンパニー」。
同じように会社を意味する言葉ですが、
そこから受ける印象は少し違います。
1998年の私は、
「カンパニー」という言葉から感じる
「仲間」というイメージと、
日本の株式会社という
組織のあり方を比べながら、
日本のサラリーマンについて考えています。
「会社」と「カンパニー」から考える日本のサラリーマン
英語圏の国では、
会社を通常カンパニーといったりする。
会社という意味だが、
その他に交際、仲間という意味もある。
日本語の会社という漢字からは、
交際、仲間というイメージはまったくわいてこない。
日本語の株式会社という名称は、
組織の仕組みを端的に表しているだけだ。
しかしカンパニーは、
いかにも仲間という、
暖かみのある響きがある。
しかし実際は、
株式会社よりもカンパニーの方が、
株価について株主がうるさかったり、
三ヶ月ごとに決算をやったりで、
組織の機能を現実的に問われることが多い。
日本の株式会社は、
株主がそれほどうるさく株価について問わないし、
半年ごとの決算が一般的である。
でもここ最近はうるさくなってきたほうか。
日本においてこういうことは多い。
つまり本質よりも格好を優先してしまうことだ。
本質からいったら、
日本の株式会社などは格好だけで、
本来の機能を果たしているとはいえないかもしれない。
株主は市場で株を買ったら、
本来は株価をよく見ている必要がある。
しかし一般株主の場合、
ただ、毎日の株式欄を見て一喜一憂するていど。
良くて情報如何(じょうほういかん)によっては売り、
買い替えに走るくらいではないか。
また、株主総会に出席などしないのが、
一般的なパターンだろう。
これらのことは、
日本のサラリーマンのあり方を
象徴しているように思えるのである。
つまり、
サラリーマン以上でも以下でもない、
ただただサラリーマンに徹してきた。
それだからこそ
日本は戦後奇跡の復興を遂げた、
とよく言われるが、
もういいだろう。
日本にも、
もっと個性的な一生を目指す人
が増えてもいい世紀に突入する。
執筆日:1998/12/4(金)
編集後記
第210話では、
「カンパニー」と「株式会社」
という言葉の違いから、
日本の会社とサラリーマンについて考えています。
1998年の私は、
日本の組織の中で
「サラリーマン以上でも以下でもない、
ただただサラリーマンに徹してきた」
と書いています。
そして、
「もっと個性的な一生を目指す人が増えてもいい」
と考えました。
これは、
まさに「サラリーマン千日解放」という
現在のテーマにつながる考え方です。
1998年に書いたこの言葉を、
28年後の今、
あらためて読み返しています。
👉次回記事「第211話」はこちら
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