なぜ日本企業は稟議ばかりなのか【第76話】

会社組織には、
なぜこれほど多くの「承認」が必要なのだろうか。

稟議は本来、
組織を円滑に動かすための仕組みのはずだった。

しかし現実には、
責任を曖昧にする制度として
機能している場面も少なくない。

そこには、
日本企業特有の問題が隠れている気がする。

責任を分散し続ける組織に未来はあるのか

会社勤めのサラリーマンなら、
稟議書というものを、
過去に一度や二度書いたことがあるだろう。

以前、
タイトル№064「責任の分散」(98・07・11)
でも触れたが、
いま一度、独立したタイトルで書いてみたい。

改めて「稟議」を広辞苑で調べると、
「官庁・会社などで、
会議を開く手続きをとるほど重要でない
事項について、
主管者が決定案を作って
重役間または関係者間に回付し
その承認を求めること」
とある。

そして稟議書は、そのための書類とある。

重役間または関係者間とは、
複数責任の制度であるといえる。

責任リスクの分散である。

要するに責任のがれ制度なのだ。

通常、
会社組織は、
課長、部長、取締役といて、
それなりの責任がそれぞれに与えられ、
機能を果たせるようにしているはずだ。

にも拘­わらず、
係る案件の金額で稟議を規程している会社が多い。

また、そう理解している人たちがほとんどだ。

これは、
会社が組織として身軽に動ける状態でない
ことを示している。

なぜそうなってしまったのか。

根本的には、
上下の信頼感欠如だと私は思う。

部下のやっていることにいつも不安を抱き、
任せきれない。

任せてくれないので、
部下の士気もあがらず、
いつまで経っても自立しない。

まったく悪循環である。

上下とはもちろん、
社長から平社員までのことである。

ちょうど、
親が子供をいつまでも
こども扱いしているのと同じだ。

そして最悪なケースは、
親が子供をこども扱いしておいたにも拘­わらず、
自分は責任回避して子供に責任を取らせることだ。

要は、誰も自立していないことになる。

稟議で縛られている会社に未来はない。

そんなところにいたら、
いつまで経­っても独立できない。

執筆日:1998/07/23(木)

編集後記

信頼できる組織ほど、
現場へ権限を任せています。

逆に、
細かく縛り続ける組織は、
次第に動けなくなっていく。

自立とは、
自由にすることではなく、
責任を持たせることなのかもしれません。

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