28年前の1998年が
サッカー日本代表のワールドカップ
初出場の年でした。
当時、
サッカーファンだけではなく、
誰もが話題にしました。
特にサラリーマンの間では
その代表メンバーの選出が、
微妙にサラリーマン社会と交錯したのでしょう。
サッカーワールドカップ初出場
今年はサッカーのワールドカップで、
職場でも、飲み屋でも、
毎日やんやの舌戦が繰り広げられている。
つい先日、
正式なメンバーの決定が発表された。
あらゆるメディアが、
争うように選抜の是非を報じている。
日本サッカー界の英雄であるK選手を
なぜ選考からはずした、
監督経験のないO監督は
勝つことだけにこだわっている、
等々。
報道なのか、
熱狂的なファンからの投稿なのか、
分からなくなるくらいだ。
民衆、ファンとは、
気ままで勝手で残酷である。
勝負に拘った監督だったからこそ、
ワールドカップに出場を果たせたのではないか。
そして初めての大会で一勝したい執念が、
選手選抜を厳しくしたのではないか。
しかしこれで一勝でもしようものなら、
選考からはずされた選手の無念さへの同情よりも、
功績を称えて監督を凱旋させるだろう。
私はサッカー、
日本のJ・リーグについてはほとんど知らない。
新聞の解説によると、
あるホームページで、
Kを先発で使うべきかどうかというアンケートで、
反対が賛成より10%も多かったらしい。
このことからみても、
彼は今回の選考では、
かなり厳しいポジションだったように思える。
賛否両論飛び交う中で、
面白いと思ったのは、
我々の年代からすれば、
力が衰えたといえども日本サッカー界の英雄で、
ワールドカップを目指していた選手なのだから、
どうにかしてやれなかったのか、
と思うのもうなずける(私はあくまでも実力だと思うが)。
しかし、二十代、三十代の若い人たちが、
年功序列の精神に基づいているとも思える、
K選手同情論に傾いているというのは、
何か奇異な感じがした。
サラリーマンでさえも、
年功序列廃止、
実力主義でリストラ、
というこの時代に。
執筆日:1998/06/07(日)
編集後記
日本独特の人事システムである年功序列。
その善し悪しについては賛否両論があります。
現在、成果主義が進む中で
見直しや廃止の方向へと移りつつあるのは否めません。
しかし日本社会でありがちな、
極端な移行は避けてもらいたものです。
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