怒りの処理【第175話】

怒りをどう処理するかで、
その後の人生が変わることもあります。

短気な1998年の私は、
怒りを抑えることと、
感情を抱え込まないことの間で考えていました。

怒りのエネルギーとどう向き合うか

今日は会社を休んだ。

コンピューターの故障により、
サービスマンに来てもらうためだ。

午後に来るというので、
朝はゆっくりとウォーキングに出かけた。

いつものように、
妻と色々な話題を取りあげながら歩いた。

そんな中で彼女は、
「怒りの処理は、
 仕方によっては人の人生が変わってしまう」
といった。

なるほど、
いつもながらするどい指摘をするなと思った。

どちらかといえば
短気で感情をむき出しにしてしまう、
私に対する戒めも含まれていたのだとは思うが。

ストレスを溜めるよりも、
自分の感情に任せて行動をする方が楽だし、
精神衛生上は良いのかもしれない。

サラリーマンの場合、
そう単純にはいかないが、
というより普通の社会生活をしていれば、
何から何まで感情に任せて処理はできないと思う。

そんなことをしたら秩序もなにもなくなってしまう。

瞬間爆発する怒り、
徐々に大きくなってゆく怒り、
ストレスとして溜りに溜まった結果、
出るべくして爆発する怒り、
それぞれ怒りのパターンがある。

私は自分の怒りはできるだけ冷静に、
相手に伝えたいと思っている。

しかしそれは、
ときと場合によっては、
相手を精神的にも、
肉体的にも傷つけることになりかねない。

しかしあまり恐れていても、
ストレスが溜まりすぎ、
自分の身体や精神を傷つけることになる。

怒りを何かで昇華できれば一番良いのだろうが、
なかなかそうはいかない。

社会の様々なトラブルを考えるとき、
そういった怒りのエネルギー、
自分では御しきれない
若い人たちのエネルギーを、
ひとつのベクトルにして、
有効に活用する方法はないのだろうかと、
思案に余る。

社会の仕組みが複雑になりすぎてしまい、
そんなことはいまや夢物語なのか。

執筆日:1998/10/30(金)

編集後記

28年前の私は、
怒りを抑えることと、
抱え込まないことの難しさを考えていました。

今も、
怒りの扱い方一つで、
人間関係や人生が大きく変わることを感じます。

👉次回記事「第176話」はこちら
失望|失望を希望へ変えるために