文学賞への挑戦は、
期待していた結果には届きませんでした。
しかし1998年の私は、
ただ失望するのではなく、
その気持ちを次へ進む力に変えようとしていました。
失望を希望へ変えるために
失望といえば
少し大袈裟(おおげさ)だが、
文学賞の投稿は失敗に終わったようだ。
入賞していれば、
本日までに連絡はくるはずだ。
何の音沙汰(おとさた)もなかった。
すなわち落選である。
残念だな、
という気持ちはやはり拭(ぬぐ)えない。
他人にいわせれば、
「焦るなよ、書き始めてからたった五ヶ月目に書いた作品が、
そうやすやすと文学賞に入るわけないだろう。
そんなに甘いはずないだろう」、
ということになるかもしれない。
そうではなく、
私は少しでも早く稼げるレベルになりたいのだ。
プロとして書くようになれば、
書く内容やレベルが変わってくるだろうし、
違った新しい道も開けるかもしれない。
自分自身が力をつけてゆくためにも、
プロとしてやれる日が早ければ早いほどいい、
と私は思っている。
やはり、
ちょっと焦っているのかな。
そんなに慌てる必要ないではないか、
と自分に言い聞かせてみる。
焦っているのではなく、
残念がっているのだ。
つまり、
希望につながる失望をしているのだ、
と私は理解することにした。
自分の力を客観的に反省するため、
百枚くらいの作品を
年内にあと一、二作書き上げ、
本年の総決算をしようと決心した。
失望していたら前に進まない。
いずれにしても、
勉強しなければならないことはまだたくさんある。
ストーリーの組み立て、
文体づくり、
描写の工夫等々、
それこそごまんとある。
私は本を読むのが恐ろしくおそい。
むかし速読の勉強などしてみたが、
結局駄目だった。
面倒とは思っても、
書くためには他人の作品も、
まったく読まないというわけにはいかないだろう。
これから何度もこういう経験をして、
一皮むけ、また一皮むけ、してゆくのだろう。
失望をしながら、
大望に近づいていくのだろう。
執筆日:1998/10/31(土)
編集後記
28年前の私は、
文学賞への挑戦に失望しながらも、
その気持ちを前へ進む力に変えようとしていました。
失望の中に希望を見つけようとする姿勢は、
今読み返しても印象に残ります。
👉次回記事「第177話」はこちら
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