年賀状【第201話】

年賀状を書く時期になると、
毎年決まって思い出すことがあります。


それは、
単なる年末の挨拶ではなく、
自分自身の一年を振り返り、
これからの生き方を考える時間でもあります。

今回は、
1998年の年賀状をめぐる出来事と、
その年に突然目覚めた
「小説家」という夢
について書いています。

年賀状から振り返る、人生が変わり始めた年

毎年この時期(1998年11月25日)になると、
年賀状を書かなければならない切迫感に襲われる。

年に一度の挨拶(あいさつ)だからと、
三年前までは毛筆を使い、
手書きで表も裏も書いていた。

しかし、
二百枚近くになると、
一枚一枚手書きで書くには、
日に数枚書いても一ヶ月以上かかる。

そこで、
昨年からコンピューターでやっている。

昨年は、
初めてだったため、
住所登録をしたり、
印刷したり、
それだけで精一杯だった。

今年は楽をできると思ったら、
コンピューターが壊れてしまい、
中のハードディスクをそっくり入れ替えたとき、
住所録のバックアップをすっかり忘れてしまった。

またまた、
二百の住所を登録しなおした。

コンピューターもある部分では
非常に不便なものだと痛感した。

来年(1999年)はウサギ年、
本年(1998年)は私のトラ年だった。

年男にしては、
あまりぱっとしない年だった。
いや生まれ変われた年だったじゃないか。

考え方ひとつで、
随分と後の生き方に影響を及ぼす。

私は後者の考え方を取って、
小説家誕生の年と位置づけたい。

本年は私にとって、
歴史的大事件の起こった年である。

私が突然目覚めてしまった年なのだ。

しかし年賀状にこのことは書かず、
自分だけの引き出しにしまっておく。

何年か後の年賀状には、
作家としての決意なども書くようになるだろう。

そのときは、
ホームページを作り、
たくさんの読者に向けて書いているかもしれない。

一年に一回、
思い出すようにして書く年賀状も、
いつか姿を消すようになるのだろうか。

無駄なことだ、くだらない、虚礼廃止だ、
などといわれているが、
私は貰­(もら)ってほんとうに迷惑だ、
と思ったことはない。

私は印刷した年賀状に、
迷惑にならないていどに、
手書きで一筆入れようと思っている。

執筆日:1998/11/25(水)

編集後記

年賀状という身近な題材から始まった第201話ですが、
読み返してみると、
実はこの文章には
「サラリーマン千日解放」の原点の一つが書かれていました。

1998年の私は、
この年を「小説家誕生の年」と位置づけています。


そして28年後の私は、
実際にその頃の文章を読み返し、
今こうして公開しています。

当時はまだ想像でしかなかった
「ホームページを作り、たくさんの読者に向けて書く」
という姿も、
今では現実になっています。

人生は、
その時には気づかないところで、
少しずつ方向を変えているものなのかもしれません。

👉次回記事「第202話」はこちら
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