挑戦を続けるためには、
休むことも必要です。
1998年の私は、
心と身体を回復させる時間があるからこそ、
次の挑戦ができると考えていました。
回復して、また挑戦する
私のコンピューターは回復したようだ。
先週金曜日に、
修理のためサービスマンにきてもらった。
最初は二、三回フリーズ(突然停止)したが、
その後はいままでにない快適さで
何事もなく動いている。
回復したのだ。
私もそろそろ回復してきた。
二回目の投稿結果を、
十月末までに知らせるというので、
もしかしたらと本日まで待っていたのだが、
やはり駄目だったようだ。
ストーリーが甘すぎたか。
文章が下手だったのか。
構成がまったく悪かったのか。
いずれにしても踏ん切りがついた。
回復したのだ。
回復すると元気が戻る。
またやってみようと思える。
人生その繰り返しだろう。
回復するには、
あるていどの時間が必要だ。
スポーツの
インターバルトレーニングではないけれど、
人生にも必要な訓練だろう。
私は学生時代にサーフィンをやっていた。
台風が近づいている海に出て、
ワイプアウト(サーフィンの板から海に落ちる)すると、
いつもの数倍も凄(すさ)まじい力で波に巻かれる。
もう空気が吸えなくなるのではないか、
窒息死だけは勘弁してくれ、
と思いながらやっとの思いで海面に浮かびあがる。
もうイヤダ!
こんな思いまでして何になるのだ。
と思うのだが、
砂浜で休んだ肌から海水が消えたころ、
またムクムクと
「もう一度挑戦してみるか」、
という気持ちが出てくる。
回復したのだ。
回復するから、
また挑戦することができる。
回復しなかったら、
そこで終わりだろう。
若いときは、
心身の回復を待たずに続けて挑戦することもできた。
それでも潰(つぶ)れなかった。
身体にも、
心にもバネがあったからだ。
しかしいま最善の方法は、
インターバルをとることだ。
そうすれば次の挑戦に、
万全の態勢で臨める。
インターバルの時間は長くもなく、
短くもなく、
というのが一番だろう。
執筆日:1998/11/03(火)
編集後記
28年前の私は、
回復することも
次の挑戦のために必要だと考えていました。
若い頃とは違い、
今では休むことの大切さを以前より強く感じます。
👉次回記事「第180話」はこちら
無理・無駄・斑(ムラ)|無理・無駄・斑をどう考えるか


