無理をなくそうとすると無駄が増え、
無駄をなくそうとすると今度は無理が生じる。
1998年の私は、
この三つの言葉の関係を
自分の人生と重ねて考えていました。
無理・無駄・斑をどう考えるか
よく現場などで聞かれる
「ムリ・ムダ・ムラ
(作業から無理・無駄・斑をなくせという標語)」
であるが、
それを唱えて推進している張本人の私生活が、
ムリ・ムダ・ムラだらけ
だったりするのは珍しいことではない。
仕事上のスローガンには、
実生活にもよくあてはまる言葉が多い。
「ムリ・ムダ・ムラ」も、
ある意味では人生の機微を
示唆しているかもしれない。
無理(ムリ)はたしかにしない方が良い。
必要なときもあるにはあるが、
人生という長いスパンで考えた場合、
無理は禁物かもしれない。
無理をし続けると、
回復能力を失ってしまう。
それでも若いときは、
度合いが分からずに
無理をしすぎる局面もある。
継続は最大かつ最強の力だ、
ということに気がつけば、
回復能力は絶対的に必要となる。
間断なく続けるには、
あまり無理をして回復不能になってはならない、
と分かる。
無駄(ムダ)は、
あるていど必要か。
無駄だらけではまずいが、
あっても良いのではないか、
と私は思う。
無駄という言葉のニュアンスが、
不要なものという印象を与えてしまうが、
「あそび」と考えれば、
むしろ必要なものであろう。
ある意味では
無駄と無理は表裏一体なのかもしれない。
無駄をするから、
無理をせずにすむという考え方もできる。
無駄を突きつめ
押さえこんでゆくと無理につながる、
ということもいえるのではないか。
ふたつのバランス感覚が非常に難しい。
斑(ムラ)はない方が良いが、
みんな結構斑がある人生を
送っているのではないか。
特に私自身は、
斑の多い人生だったかなと思う。
あれも、これもと、やりたいことだらけで、
何もまとまったものがなく、
中途半端だったな、
と骨身にしみている。
これからは、ひとつづつしっかりやるつもりだ。
執筆日:1998/11/04(水)
編集後記
28年前の私は、
自分の人生には斑が多かった
と振り返っていました。
今も、
一度に多くをやろうとするより、
一つずつ続けることの大切さを感じています。
👉次回記事「第181話」はこちら
一旗揚げる|大志を抱き、一旗を揚げる


