「浦島太郎」の物語に登場する竜宮城を、
サラリーマンの人生に重ねて考えてみます。
1998年の私は、
竜宮城へ連れて行ってくれる
「亀」とは誰なのかを考え、
最後には意外な答えにたどり着きます。
それは、自分自身でした。
サラリーマンを救う「亀」は、自分自身だった
むかし、むかし、
竜宮城という名のキャバレーがあった、
ように記憶している。
所詮(しょせん)サラリーマンにとって、
竜宮城とはそんなレベルなのだろう。
娑婆(しゃば)の世界を忘れて、
かなり俗っぽくドンチャン騒ぎする、
キャバレーのようなところ。
……まあ、似たような環境だろう。
乙姫様がいて、
絵にも描けない美しさをもった場所だ、
などとはいまさら思えない。
竜宮城には、
亀を助けたものしか行くことはできない。
すっぽんを助けても駄目だし、
いわんやタヌキなど助けても、
誰も竜宮城へ連れて行ってはくれない。
つまり、
竜宮城へ行くには、
絶対条件として、
連れて行ってくれるものが必要になる。
それは、すっぽんでもタヌキでもない、
亀以外にいないのだ。
そして亀がいじめられている場面に、
無理やりにでも出くわさなければならない。
そうしないと、
亀を助けてやることができないからだ。
ではサラリーマンにとって、
亀は誰なのか。
そして、
亀が連れて行ってくれるはずの
竜宮城とはどこに存在し、
果たしてそこに乙姫様はいるのだろうか。
亀の条件として、
いじめられていなければならない。
しかし、
いじめられているような奴が、
竜宮城のような洒落(しゃれ)た場所を
知っているわけがない。
ましてや、
乙姫様を知っているはずもない。
下手にいじめられている奴を助けたら、
お礼にと、
うらびれた酒場へでも連れて行かれ、
冗談も言えない惨めさを愚痴られてしまう
だけかもしれない。
奴は亀ではない。
なら、誰だ。
自分だよ、
自分こそが亀だ。
惨めなサラリーマンという状況が、
亀そのものだ。
自分で自分を救うしかないだろう。
独立することだ。
そうすれば、
竜宮城も、
乙姫様の御尊顔も拝することができる。
執筆日:1998/11/27(金)
編集後記
竜宮城という昔話の世界から、
最後には「自分で自分を救うしかない」
という現実的な結論にたどり着いています。
1998年の私は、
サラリーマンという状況から抜け出すことを
「独立すること」
と考えていました。
28年後の今、
この文章を読み返すと、
当時の自分が
どれほど強く「自分の人生を自分で変えたい」
と考えていたのかが伝わってきます。
竜宮城がどこにあるのかは分からない。
しかし、
自分を救うのは自分自身だ
という考え方は、
今読み返しても変わらない。
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