竜宮城【第203話】

「浦島太郎」の物語に登場する竜宮城を、
サラリーマンの人生に重ねて考えてみます。

1998年の私は、
竜宮城へ連れて行ってくれる
「亀」とは誰なのかを考え、
最後には意外な答えにたどり着きます。

それは、自分自身でした。

サラリーマンを救う「亀」は、自分自身だった

むかし、むかし、
竜宮城という名のキャバレーがあった、
ように記憶している。

所詮­(しょせん)サラリーマンにとって、
竜宮城とはそんなレベルなのだろう。

娑­婆(しゃば)の世界を忘れて、
かなり俗っぽくドンチャン騒ぎする、
キャバレーのようなところ。
……まあ、似たような環境だろう。

乙姫様がいて、
絵にも描けない美しさをもった場所だ、
などとはいまさら思えない。

竜宮城には、
亀を助けたものしか行くことはできない。

すっぽんを助けても駄目だし、
いわんやタヌキなど助けても、
誰も竜宮城へ連れて行ってはくれない。

つまり、
竜宮城へ行くには、
絶対条件として、
連れて行ってくれるものが必要になる。

それは、すっぽんでもタヌキでもない、
亀以外にいないのだ。

そして亀がいじめられている場面に、
無理やりにでも出くわさなければならない。

そうしないと、
亀を助けてやることができないからだ。

ではサラリーマンにとって、
亀は誰なのか。
そして、
亀が連れて行ってくれるはずの
竜宮城とはどこに存在し、
果たしてそこに乙姫様はいるのだろうか。

亀の条件として、
いじめられていなければならない。

しかし、
いじめられているような奴が、
竜宮城のような洒落(しゃれ)た場所を
知っているわけがない。

ましてや、
乙姫様を知っているはずもない。

下手にいじめられている奴を助けたら、
お礼にと、
うらびれた酒場へでも連れて行かれ、
冗談も言えない惨めさを愚痴られてしまう
だけかもしれない。

奴は亀ではない。

なら、誰だ。

自分だよ、
自分こそが亀だ。

惨めなサラリーマンという状況が、
亀そのものだ。

自分で自分を救うしかないだろう。

独立することだ。

そうすれば、
竜宮城も、
乙姫様の御尊顔も拝することができる。

執筆日:1998/11/27(金)

編集後記

竜宮城という昔話の世界から、
最後には「自分で自分を救うしかない」
という現実的な結論にたどり着いています。

1998年の私は、
サラリーマンという状況から抜け出すことを
「独立すること」
と考えていました。

28年後の今、
この文章を読み返すと、
当時の自分が
どれほど強く「自分の人生を自分で変えたい」
と考えていたのかが伝わってきます。

竜宮城がどこにあるのかは分からない。
しかし、
自分を救うのは自分自身だ
という考え方は、
今読み返しても変わらない。

👉次回記事「第204話」はこちら
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