「ボーイズビーアンビシャス!」
と励まされた記憶があります。
1998年の私は、
年齢に関係なく大志を抱き、
自分の生きた証として
一旗を揚げたいと考えていました。
大志を抱き、一旗を揚げる
男なら一旗揚げたいと思うのは、
ごく普通の考え方だろう。
個人の価値観によって一旗は様々で、
大小まちまちかもしれない。
たとえ結果が出なくても、
一旗揚げて生きた証(あかし)を残したいと願うのは、
人生を生き抜く上で決して悪いことではない、
と私は思う。
私が三十代の終わりに、
仕事で韓国の知人を訪問したとき、
別れ際に
「ボーイズビーアンビシャス!」
といわれた。
当時その方は五十代だった。
なぜいまさら、
私のような中年で干からびた男に、
と思った。
そのとき、
英語で話したのか、
日本語だったのか、
ハッキリとは覚えていない。
彼から、
いつまでもサラリーマンでもないだろう、
大志を抱いてやれば年齢は関係ない、
あなたならできる、がんばれ!
と意味もなく、
しかし強く励まされた記憶がある。
私が作家になることは、
私の生きた証を残したいということも含めて、
一旗揚げたいという具現化でもある。
経済的にも成功したいし、
名声も得たい、偽らざる気持ちだ。
不純な動機だという人もいるかもしれないが、
いまの作家たちにしたって、
半分以上が似たような動機だったかもしれない。
しかしいま、
純文学の本が売れない。
面白くないからか。
現代はあらゆるメディアが交錯している。
そんな中で
何の工夫もせずに売れる本など書けるわけもない。
旗も揚げっぱなしでは風雨にさらされ、
ボロボロになる。
例えば、
行き帰りの通勤時間、
二、三十分で区切りよく読めるもの、
次を早く読みたい
と思わせるようなものにしなくてはならない。
短編にするのか、
中編、長編にするのかよりも、
読者が作品を読み続けたい、
と思わせるものを書かなくては。
大志を抱くのは自由でいい。
私も及ばずながら
こうして毎日亀の歩みをしている。
執筆日:1998/11/05(木)
編集後記
28年前の私は、
作家になることを「一旗揚げる」こと
と考えていました。
経済的な成功や
名声への思いも隠さず書いているところに、
当時の率直な気持ちを感じます。
👉次回記事「第182話」はこちら
阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)|阿吽の呼吸は話し合いから生まれる


