サラリーマンにとって、
上司との関係は避けて通れません。
出世のために付き合うのか。
仕事のために付き合うのか。
今回は、
上司という存在について率直に考えてみます。
サラリーマンと上下関係の現実
サラリーマンにとって、
上司とはどういう人なのか。
どういう存在なのか。
常に立ててやらなければならない存在だ、
という人。
上司あっての自分だから、
と説明する。
上司が出世すれば、
自分も出世できる。
だからいつも立てて、
出世の後押しをしなければならない、
という。
また好き嫌いをいわず、
互いにうまくやるのは、
サラリーマンなら常識だという。
でもダメな上司なら、
自分のためにもならないから、
引っぱり下ろせともいう。
つまりは、
自分が出世するためにつきあえ、
ということだ。
私は、
好き嫌いをいわずに立ててやる
というのは同意する。
引っぱり下ろすのは、
自分に出世欲もあまりないので、
どうでも良い気がする。
サラリーマンとして
プロ根性がないのかも知れない。
しかしサラリーマンとしてのプロ根性が、
出世欲だけの権化だとしたら、
私にプロ根性はいらない。
あまい、
といわれるかもしれないが、
そこまで人とのつきあいを機械的にしたくないし、
そうする必要もまったくないからだ。
サラリーマンの上下関係は、
仕事の上では、
「命令と服従」
の文字しか私には見えない。
それをあたかも、
何か尤もらしい人が存在するように言おうとする。
そうしないと、
自分の存在すら危ぶまれるからか。
本気で他人の人生の面倒を見てくれる上司
などいるだろうか。
まれにはいるかもしれない。
いたとしても、
その上司にとっても有益な間だけだろう。
そう考えるのは寂しい、
と言えるサラリーマンは、
いまの会社環境が素晴らしく良いか、
非常に大きなこころを持った人なのだろう。
私は、
まだサラリーマンとしては修業が
足りないのかもしれない。
執筆日:1998/08/05(水)
編集後記
良い上司との出会いは財産になります。
一方で、
上司に過度な期待を持ち過ぎると
失望することもあります。
結局は、
自分自身の人生を
自分で歩くしかないのかもしれません。
👉第90話はこちら
人はなぜ分かり合えないのか|人生はギャップを埋める旅なのか

