テレビが当たり前になった今だからこそ、
音だけで世界を想像するラジオの魅力を考えてみます。
1998年の私は、
ラジオを聴きながら別の仕事ができる便利さに改めて気づき、
さらに「耳で聴く」ことと「想像する」ことの関係について
考えていました。
ラジオは想像力を働かせるメディア
ここ数十年というもの、
メディアはもっぱらテレビに占領されている。
他に新聞、映画、雑誌等、
活字や映像メディアもあるのに、
テレビがもてはやされている。
そんな中で特に忘れてならないのは、
ラジオであろう。
ラジオは、
私が小学生低学年のころ、
主役だったメディアだ。
相撲放送等スポーツ番組や、
ドラマなどもあった。
ニュースはもちろんのこと、
音楽番組はラジオの十八番であった。
ニュースにしても、
ドラマにしても、
想像力をかきたて、
テレビや活字の世界にもない、
ひとつの独立した世界を作っていた。
そして何よりも、
耳で聞くという行為が、
同時に別の仕事をさせてくれたことだ。
この効用に最近改めて気がついた。
私と妻は二階の部屋で、
それぞれの仕事や勉強をしている。
部屋にあったテレビが一昨日壊れてしまった。
というよりも、
私が止(とど)めを刺した、
といった方があたっているかもしれない。
何とか誤魔化しながら見られたものを、
私が直そうなどと中を開けてしまったものだから、
元に戻せなくなり、
無理やりカバーをしたら、
プリント基板が折れてしまったのだ。
やむなく、
部屋に置いてある懐中電灯付きのラジオを鳴らした。
今朝は、
ストレッチ体操をしながら
ニュースに耳を傾けたのだが、
非常に便利だ。
ラジオも良いものだ。
テレビは視聴者というように、
目と耳の両方を使う。
しかし、ラジオは、
聴取者というように耳だけしか使わない、
と思ったら大間違いで、
頭も使う。
耳目ならばそのまま分かることも、
耳だけだと、頭も働かせないと分からない。
文字も同じだ。
小説も頭を使う。
つまり読むにも、
書くにも、
想像力が必要となる。
執筆日:1998/11/17(火)
編集後記
1998年の私は、
テレビが壊れたことをきっかけに、
改めてラジオの良さに気づいていました。
2026年の今は
音声を楽しむ方法も増えましたが、
耳で聴きながら頭の中で想像するという
ラジオの特徴は変わりません。
文章を書くことにも
想像力が必要だと考えていた当時の私は、
ラジオと小説を同じ線上で捉えていたのだと思います。
👉次回記事「第194話」はこちら
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