昔好きだった曲を
久しぶりに聞きたくなることがあります。
しかし、
今回の私は期待していた再会に
大失望しました。
その体験から、
作品を作る者として大切なことを考えています。
懐かしい曲から学んだ客観性の大切さ
私はグループサウンズのある曲、
「○○」を無性に聞きたくなり、
CDレンタル店で一時間半もかけて探した。
結局オリジナルはなかった。
代わりに、
「○○」の作曲者が新しい感覚でアレンジし、
みずから歌っているというソロアルバムを借りた。
家に帰り早速聞いてみたのだが、
大失望!
本人は新しい感覚で、
アレンジしているつもりだろうが、
単にリズムやリードギターの
旋律を変えているだけである。
何の新しさもなく、
オリジナル曲にあった最も重要な長所である、
シンプルさ、さえなくしていた。
アルバムなので、
聞きたい曲だけでなく他にも何曲か入っていた。
すべて大失望の連続になった。
他の曲など聞かない方が良かった。
やはり、
作品は客観的にどうなのか、
冷静に見つめる目をもたないと、
自己満足で終わってしまう恐れがある
のを強く感じた。
そして、
本人がそれに気づかないほど、
不幸なことはないだろう。
ものを作る者として、
肝に銘ずべきだ。
常に、冷静に、客観視できる余裕を持て、
ということを。
そのためには、
自己の精神状態を
いつも健全に維持しておくべきだ。
私も注意したい。
例えば、
私が何か文学賞を獲(と)ったりすれば、
当然有頂天になるだろう。
まあそこまでは凡人に免じて許せるとしよう。
しかしそれにしがみつき、
自分の力をわきまえて行動することを忘れたり、
傲(おご)りをもったりすれば、
そこで終わってしまうだろう。
天職に転職しようとしているわけだから、
生活レベルの収入を得る上で、
緊張感は必要だが、
それ以上の緊張感は、
あくまでも良い作品を作るために
張りつめていたい。
駄作を乱発したくはない。
ましてや
自分が気づかなくなってしまうことがないよう、
日々精進しないといけない。
執筆日:1998/10/28(水)
編集後記
28年前の私は、
懐かしい曲を聞いた体験から、
自分の作品を客観視することの大切さを
考えていました。
今読み返しても、
創作を続けるうえで
忘れてはいけない姿勢だと思います。
👉次回記事「第174話」はこちら
勇ましい|他人の目に映る自分


