「サラリーマン千日解放」が、
ついに200回に到達しました。
1998年の私は、
ここまで書き続けてきたことを振り返りながら、
入選できなかった悔しさ、
書き続けることの大切さ、
そして残り800回への決意を綴っています。
200回という節目から、
千日解放という挑戦の本当の意味が見えてきます。
二百回書き続けて見えた「継続」の力
とうとうというか、
やっとというか、
二百回めを迎えることができた。
まだ二○○回か、
という気持ちは、
あと八○○回もあるのか、
という気持ち。
もう二○○回か、
という気持ちは、
独立まで八○○回しかないのか、
という気持ち。
いずれにしても、
まずはよく二○○回までこれた、
ということになる。
三日と続いたためしがなかった、
小学校の日記を思い出す。
二○○回、
すなわち二○○日は、
半年以上の日数だ。
千日エッセイを、
作家生活の基盤になるよう、
私は大事に育ててゆくつもりだ。
二〇〇日間で、
一番きつかったのは、
三回の投稿で入選なし、
ということだった。
やはり、
あせりがあったように思う。
初めは慌てず、
しっかりと、
地についた活動をしようと思っていた。
しかし実際に投稿してみると、
早く結果を出してしまいたくなった。
それがあせりになり、
入選できずに落胆してしまったのだろう。
落胆しながらも書き続けた。
これは最大の収穫だった。
何があっても書き続けることが、
最も大切だと知らされたからだ。
継続以外に凡人の生きる道はない、
と自覚させられた。
あと一ヶ月(執筆時11月24日)
あまりで本年も終わってしまう。
私は書きだしてから
初めての年末を迎えることになるが、
デビューまでに、
三回の年末を迎えなくてはならない。
そういう設定で、
千日解放も書かれている。
二○○回というのは、
読み返してみるとかなりの量だ。
タイトルを毎日決めなければならないのだが、
以前に書いたことを忘れ、
同じタイトルで書こうとし始めたので、
途中から目次をきちっと整理した。
いまは目次をみて、
同じタイトルにならないよう注意している。
とはいえ、
あと八○○のネタをみつけなければならない、
ということだ。
執筆日:1998/11/24(火)
編集後記
1998年の私は、
200回まで書き続けたことを振り返り、
「何があっても書き続けることが最も大切だ」
と気づいていました。
2026年の今、
この文章を読み返すと、
そのときから28年後の自分が、
今も「千日解放」を書き続けていることに
不思議なつながりを感じます。
200回は通過点にすぎませんが、
継続することの意味を実感した
大きな節目だったのだと思います。
👉次回記事「第201話」はこちら
年賀状|年賀状から振り返る、人生が変わり始めた年
本日午後7時に200回を振り返り、
「200話までの歩みと、200日間で考えてきたこと」
をアップさせて頂きますので、
こちらも併せてご覧下さい。
👉サラリーマン千日解放|200話までの歩みと、200日間で考えてきたこと


