1998年の私は、
自分でも理由を説明できないまま、
毎日書き続けていました。
その自分を突き動かしていたものは何だったのか。
振り返ると、
「使命感」という言葉が
最も近かったようです。
書き続ける力はどこから生まれるのか
私には、
具体的にはそれが何かわからないが、
使命感が存在する。
そういう思いがする。
いまの私の行動を説明できるのは、
使命感しかない。
思い立ってから七ヶ月間、
ぶっ通しで継続したものなど、
生まれてこのかた食事をすることと、
寝ることくらいしか思い当たらない。
私を突き動かしているものは、
使命感なのだろう。
動機の分析で、
色々考えられるものはあったにしても、
飽きっぽい私が、
楽をしたいとか、
金持になりたいていどのことで、
ここまで続けられるわけがない。
過去に続いた例(ためし)もない。
ましてや益々(ますます)気が高まってくるなど、
想像だにしなかった。
いつ止(や)めてしまうか、
つねにそんな恐怖感もまとわりついていた。
振り返ると、
私は使命感に満ちた精神状態を、
比較的コンスタントに維持していると思う。
一日平均四百字詰原稿用紙で
四枚近くの執筆をしている。
この千日解放で必ず二枚は書いているし、
非常に緩(ゆる)やかではあるが、
他にも二枚ていど書いている計算だ。
今のところ、
いろいろ書いてみたいと思っている。
粗削(あらけづ)りの創作活動で、
生活のために執筆することもあるだろう。
しかし本質的に書いておきたい、
訴えたいという事柄を、
ひとつでも多く見つけ出したい。
再び新たなる文学賞にむけて書き始めた。
まだストーリーの構成すら頭にない。
それでもいいからまず書いてみる、
という主義だ。
青春小説である。
どこまで書けるか分からないが、
とにかく百枚書く。
今月末に、
八月に初めて応募した文学賞の発表がある。
受賞者に直接通知してくる。
まったくそんなつもりはなかったのだが、
ここ二、三日もの凄(すご)く気になる。
大賞を獲(と)ってしまえば
こんなものか、
と思うに決まっているのだが。
執筆日:1998/10/27(火)
編集後記
28年前の自分は、
書き続けている理由を
「使命感」と考えていました。
現在読み返しても、
あれほど書くことに向かっていた自分には、
確かに何か強い力があったように思います。
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