年齢を重ねても、
学び続ける人がいる。
その姿を見ると、
若さとは
年齢ではなく、
情熱の有無なのかもしれないと思う。
情熱を持ち続ける人だけが若さを保てる
私はいま仕事の関係で、
外部の「資材取引研究会」
という勉強会に出席している。
私が購買業務に就いてからなので、
かれこれ6年になる。
主宰している先生は、
元サラリーマンの実務家で、
現在は大学や講習会の講師をするかたわら、
専門分野の本なども執筆している。
研究会が終わり、
地下鉄のホームで先生と話す機会を得た。
もうすぐ還暦だそうだ。
職業柄、
本一冊、新聞六誌を
一日で読むという。
仕事をしながらである。
私などは、
仕事をせずに一日かけても
終わらないであろう。
現在、
大学生に教えているので、
さらに新しい分野の勉強を
しなければならないという。
それも若さを保つ秘訣かもしれない
と言っていた。
やはり何か目標を持って突き進んでいたり、
毎日たゆまぬ努力をしているのは、
若さを保つ条件のひとつかもしれない。
そして目標達成のため、
精神的な緊張感をほどよく保ってゆくのは、
長生きの秘訣に違いない。
千日はたしかに長い。
私もいつまで続くか、
ほんとうのところ自信がない。
また、
その間に文才を養えるかどうかも、
まったく未知だ。
ではなぜ続けるのか。
情熱に他ならない。
だから書くのがおっくうになったり、
義務的になったとき、
どう対処するかによって、
書くことへ対する、
私の情熱の虚実がはっきり判(わか)ると思う。
先生は、
「明日は講習会で早朝から地方へでかけるので大変です」、
と笑顔で話した。
「毎日が勉強の連続ですよ」、
とも言って地下鉄の下り電車に乗り込んだ。
私はいま書くのが精一杯で、
勉強している暇などない、
と思っていた。
そうではなく、
書きながら勉強してゆくことだな、
と思って下り電車を見送った。
執筆日:1998/07/14(火)
編集後記
継続とは、
才能ではなく情熱なのかもしれません。
好きだから続く。
続けるから深まる。
その積み重ねが、
人生を少しずつ変えていくのだと思います。
👉第68話はこちら
早朝の通勤電車に何を見るのか|都会で生きるサラリーマンたちの静かな朝

