100日という数字は、
長いようでいて
振り返ればあっという間にも感じます。
今回は
いよいよ100日目
という節目の回です。
千日という
大きな目標の途中ではありますが、
継続することの意味について
改めて考えさせられる内容となっています。
千日への通過点
本日、
十分の一に相当する、
百日を迎えた。
たまたま日曜日であり、
盆休みの最終日でもある。
ゆったりとした気分で、
この日を迎えることができた。
感謝だ。
やはりタイトル数が三桁までになると、
羅列するだけでも大変だ。
70日、80日ごろまでは、
毎日なにひとつ悩まずに出てきたタイトルが、
100日に近づくにつれ、
書く段階で考えるようになる始末。
しまいには、
タイトル探しに
かなりの時間を費やしたこともあった。
最初のころは、
文章も頭からあふれ出て、
滑らかにペンが走っていた。
ひとつのタイトル、
原稿用紙二枚分をまとめるのに、
15分から、
かかっても30分で書き終えていた。
それが、
一時間かかっても
筆がなかなか進まなかったり、
書き上げても、
まったく満足できなかったりするようになった。
25年間のサラリーマン生活は、
とりもなおさず私の人生だ。
そして「サラリーマン千日解放」
こそが、
人生の中間決算報告書だ。
思いつくままに書いているが、
千日、
二千枚以上の原稿用紙になったとき、
ずしりと、
重さを感じることになるだろう。
今日、
100日を区切りに、
原稿をアウトプット
(私はパソコンで原稿を書いているので)して、
推敲を並行してやってゆこうと思っている。
あと900日。
あっというまに、
何もせずに過ごしてしまっても
900日。
世に出るのか、
出ないのか分からない文章を、
こうして書き続けて過ごしても
900日。
結果的には変わらないかもしれないが、
自分自身の内面はかなり変化しているだろう。
まったく驚くべき結果を招くかもしれない、
という大きな期待があるのもたしかだ。
そうなることを願って、
明日からも弛(たゆ)まずに書き続け、
千日を成就したい。
執筆日:1998/08/16(日)
編集後記
何かを続けることは
簡単なようで難しいものです。
特別な才能よりも、
毎日の積み重ねの方が
大切な場合もあります。
読み返してみると、
100日という節目を迎えた喜びと、
まだ先へ進もうとする意欲の
両方が感じられます。
そして、
その思いは今読んでも
色あせていないように感じます。
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