パソコンはなぜ必須になったのか【第83話】

今では当たり前となったパソコン。

しかし、かつては高価で特別な機械でした。

サラリーマンにとっても、
そして文章を書く人間にとっても、
パソコンの登場は働き方や生き方を大きく変えました。

今回は、
私とパソコンとの関わりについて
振り返ってみたいと思います。

私とパソコンの切っても切れない関係

いまや多くの会社で
パソコンは使われている。

サラリーマンも
パソコンを使用できなくては、
仕事にならない。

私は、
元々タイプライターを叩いていたので、
パソコンにほとんど抵抗はなかった。

キーは一緒だし、
ワープロも使えたので、
パソコンで会社が厭になることはなかった。

また原稿を書くときも、
パソコンのワープロ機能によって書いている。

手書きだったら、
物書きになろうとしたかどうかさえ、
疑問である。

もう私とパソコンは、
切っても切れない関係になっている。

現代のサラリーマンにとって、
パソコンを使えるのは、
必須条件になっている。

つまり、
パソコンを使えない人は
戦力として見られにくい。
とまで考えられている風潮がある。

オフィスでパソコンが使われ始めたころ、
われわれ管理職の中には、
そんなもの部下にやらせればいい
と考えている者がいた。

しかし、
今や重役だろうと、社長だろうと、
パソコンのひとつやふたつ、
動かせないと部下からも馬鹿にされてしまう。

私がパソコンを購入したのは、
去年の12月だ。

会社支援の通信教育を受講するときに買った。

会社が一部負担をしてくれたものの、
やはり、まだまだ私には高価なもの、
というイメージは拭(ぬぐ)えない。

しかし、
今本当に感謝しているのは、
パソコンがどれほど書くことに役立っているか、
計りしれないことだ。

パソコンで書いていると、
色々な面で便利であり、
器械と指先以外何もいらない。

原稿用紙もいらないし、
消しゴムも、
鉛筆もいらない。

文章校正もある程度はしてくれるし、
とても推敲に便利なことだ。

ただ一番怖いのは、
停電や器械の故障だ。

一瞬にしてすべてがなくなり、
取り返しのつかないことになった。

明日、
修理のため、
わが家に技術者が来る。

執筆日:1998/07/30(木)

編集後記

1998年当時、
パソコンはまだ高価なものでした。

しかし今では、
仕事にも日常生活にも
欠かせない存在になっています。

当時の執筆文を編集しながら、
あの頃感じていた便利さと不安、
そして新しい時代への期待を思い出しました。

技術は進歩しても、
それを使う人間の思いは
今も変わらないのかもしれません。

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