毎日あたり前のように使っている定期券。
しかしそれは、
単なる交通手段ではなく、
会社人生そのものを象徴しているのかもしれない。
多くの人が、
疑問を抱く暇もないまま、
満員電車へ乗り込んでいく。
満員電車と引き換えに続く会社人生
サラリーマンの手ばなせない道具に、
定期券がある。
もちろん、
電車やバスの定期券だ。
ある意味ではこれを持っている限り、
サラリーマン生活から脱却できない、
証明書のような物かもしれない。
地方でサラリーマン生活をしていると、
交通機関は、
電車、バスだけでなく、
自家用車や会社の車で通勤することもできる。
つまり証明書を持たないですむこともありうる。
また営業マンも、
商用車などの利用ができ、
証明書を持たないでもすむ。
しかし、
すべてのサラリーマンは
歩いていける距離に会社がない限り、
支給される交通費で生活を確実に縛られている。
私は会社から、
毎月ではなく、
半年分まとめて定期代を支給されている。
経費節減の措置だ。
定期券を買うとき、
また半年間縛られるのかという思いが募る。
定期券の購入は、
申込書を書いて、
駅の窓口に提出する。
そして真新しい定期券をもらう。
申込書はあたかも、
会社と更新した半年間の誓約書で、
出された定期券は、
まるで互いに交わした契約書でもあるようだ。
そこまで考える余裕もないのが、
ほとんどのサラリーマンだろう。
あたりまえのように定期券を手にし、
あたりまえのように満員電車に揺られている。
電車で片道一時間以上もかけて通う生活に、
なんの疑問も抱かずにいるのは、
やはりどこか不自然さを感じる。
一極集中で、
東京という大都会に集まるおびただしい人間たち。
その中で定期券で会社に通うサラリーマン。
敗戦後53年(執筆時からの経過年数)経った。
今は不景気とはいえ、
経済大国にもなりえた。
それを成し遂げたのは、
一国の首相でも、
大会社の社長でもない。
私たち、
一介のサラリーマンなのだ。
その親であり、その子らだ。
そろそろ自我に目覚めようではないか。
執筆日:1998/07/29(水)
編集後記
日常に溶け込んでいるものほど、
その意味を考えなくなってしまいます。
定期券も、
そのひとつなのかもしれません。
毎日の繰り返しの中で、
自分は本当にどう生きたいのか。
時々立ち止まって考えることも、
大切なのだと思います。
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