使命感【第172話】

1998年の私は、
自分でも理由を説明できないまま、
毎日書き続けていました。

その自分を突き動かしていたものは何だったのか。

振り返ると、
「使命感」という言葉が
最も近かったようです。

書き続ける力はどこから生まれるのか

私には、
具体的にはそれが何かわからないが、
使命感が存在する。

そういう思いがする。

いまの私の行動を説明できるのは、
使命感しかない。

思い立ってから七ヶ月間、
ぶっ通しで継続したものなど、
生まれてこのかた食事をすることと、
寝ることくらいしか思い当たらない。

私を突き動かしているものは、
使命感なのだろう。

動機の分析で、
色々考えられるものはあったにしても、
飽きっぽい私が、
楽をしたいとか、
金持になりたいていどのことで、
ここまで続けられるわけがない。

過去に続いた例(­ためし)もない。

ましてや益­々(ますます)気が高まってくるなど、
想像だにしなかった。

いつ止­(や)めてしまうか、
つねにそんな恐怖感もまとわりついていた。

振り返ると、
私は使命感に満ちた精神状態を、
比較的コンスタントに維持していると思う。

一日平均四百字詰原稿用紙で
四枚近くの執筆をしている。

この千日解放で必ず二枚は書いているし、
非常に緩(ゆる)やかではあるが、
他にも二枚ていど書いている計算だ。

今のところ、
いろいろ書いてみたいと思っている。

粗削(あらけづ)りの創作活動で、
生活のために執筆することもあるだろう。

しかし本質的に書いておきたい、
訴えたいという事柄を、
ひとつでも多く見つけ出したい。

再び新たなる文学賞にむけて書き始めた。

まだストーリーの構成すら頭にない。

それでもいいからまず書いてみる、
という主義だ。

青春小説である。

どこまで書けるか分からないが、
とにかく百枚書く。

今月末に、
八月に初めて応募した文学賞の発表がある。

受賞者に直接通知してくる。

まったくそんなつもりはなかったのだが、
ここ二、三日もの凄(すご)く気になる。

大賞を獲(と)ってしまえば
こんなものか、
と思うに決まっているのだが。

執筆日:1998/10/27(火)

編集後記

28年前の自分は、
書き続けている理由を
「使命感」と考えていました。

現在読み返しても、
あれほど書くことに向かっていた自分には、
確かに何か強い力があったように思います。

👉次回記事「第173話」はこちら
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