海外赴任は夢か、それとも現実か【第117話】

海外赴任は、
多くの人にとって憧れのように映る一方で、
実際には大きな決断を伴う働き方でもあります。

第117話は、
海外赴任した同僚との再会をきっかけに、
グローバル化が進み始めた時代の
サラリーマンの現実
について綴った一篇です。

働く場所が変わっても、
自分らしい人生をどう築くかという問いは、
今も変わらないように感じます。

海外で働くという選択と現実

今宵は久々に飲んだ。

海外赴任中の人間が、
会議のため帰国した。

すぐに宴会、
となったわけだ。

彼は東南アジアのある国に、
工場長として赴任したのだが、
現地へ行く前に結婚した。

今は夫婦で現地に駐在しており、
奥さんは
現地での生活を
エンジョイしているという。

私はほっとした気持ちになった。

日本の会社も敗戦三十年前後から、
営業所や工場を
海外へ設置することが多くなった。

そしてバブルがはじけ、
日本にも不況の風が吹くと、
コスト競争のため、
猫も杓子も一部の工場を
東南アジアに移動した。

さらに、
工場をすべて
労務工賃の安い東南アジアに移し、
本社、開発、企画、経理だけは
日本に残す企業も出た。

極端な例としては、
本社組織さえ海外に置く企業もある。

バブル以前の海外赴任は、
総合商社の人間か、
超一流企業で
海外拠点を持つような会社の人間に
限られていた。

そしてそんな時代には、
海外赴任がある意味で
出世の登竜門でもあったわけだ。

従って赴任を命じられた人間は、
むしろ進んで行ったものだ。

今の時代は、
そんな時代の海外赴任と
だいぶ趣を異にする。

すなわち赴任する人が、
好むと好まざるとに拘らず
行かされてしまう。

コスト競争力のため、
また親会社に引っ張られて、
町工場までもが海外進出している。

そんな中での、
サラリーマンに対する
海外赴任命令なのだ。

昔は海外に五年くらい駐在したら
家が建ったものだ、
と取引先の総合商社マンは言っていた。

今は家族が離ればなれになり、
深刻な家庭環境になるケースもある。

白羽の矢が立つ前に、
私は何とか物書きになっていたい。

そしてサラリーマンとしてではなく、
作家として世界を歩いてみたい。

執筆日:1998/09/02(水)

単身赴任について考えた第32話も、
あわせてお読みください。

👉第32話はこちら
単身赴任|悲劇

編集後記

海外で働くことは、
今では以前より身近な選択肢になりました。

しかし、
どこで働くか以上に大切なのは、
自分がどのような人生を歩みたいのか
ということなのかもしれません。

この一篇を読み返しながら、
「場所」ではなく「生き方」
を考え続けていた
当時の思いが伝わってきました。

👉第118話はこちら
毒物混入事件が問いかけたもの|社会の変化と人の心