「小説家になりたい」
という願望は、
突然生まれたものではありませんでした。
以前に書いたノートから、
自分でも気づいていなかった
願望を見つけた1998年の私。
今回は、
本当の願望について考えます。
本当の願望を見つける
私は本年(1998年)の三月末、
憑(つ)かれたように
文章を書き始めたわけだが、
自分でも突然の出来事に驚いた。
と思っていたが、
漠然と小説家になりたいという願望は、
前からあったことを知った。
先日、
一年前に書いた私のノートを見ていて、
今後やってみたいことを
羅列書きしたページをみつけた。
中に
Writing Novels(小説を書く)
と書かれていた。
このように、
自分がやりたいことをリスト化するのは、
自己潜在意識の中から、
願望を鮮明にするひとつの方法である。
なんでもかでも自分がやりたいこと、
やりたかったこと、
欲しいもの、
なりたいもの、
可能、不可能に関係なく
書きまくるのだ。
書いてみると
これがなかなか書けない。
すぐに行きづまる。
最初は
自分の願望があまりにも少ないのに驚く。
慣れてきても三桁もない。
せいぜい50から60くらいだ。
つまり、
自分の世界がどれだけ狭いかを、
痛感させられることになるのだ。
具体的な計画として、
日常生活に組み入れるとなれば、
せいぜい2つ。
さらに実行可能なものは、
1つに絞られるだろう。
それでもやれ飲み会だ、
残業だ、接待だと、毎日障害がある。
休日にまとめてやろう、
などと考えていてもできるものではない。
そのうちに忘れてしまう、
というのが一般的だろう。
それはほんとうの願望ではない。
なかなか真の願望が分からずにいて、
ある日突然火が点く。
私のケースが典型的だろう。
人は真の願望を、
自分では良く見えずに
一生をすごしてしまうのだろう。
よしんば年老いてそれを発見できても、
遅すぎると、
諦(あきら)めてしまうのだろう。
遅すぎることはない。
ほんとうの願望が見つかったら、
そこからが、
私の、
あなたの、
一生になるのだ。
執筆日:1998/10/20(火)
編集後記
28年前の私は、
自分でも気づいていなかった願望を、
過去のノートから見つけました。
今読み返すと、
本当にやりたいことは、
最初から自分の中にあったのかもしれません。
願望を言葉にしてみることの大切さを、
改めて感じます。
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物忘れ|記憶と仕事

