人はなぜ、
ペンネームを使うのだろうか。
本名ではなく、
別の名前で作品を書く。
そこには、
単なる格好良さだけではない、
何か特別な意味があるのかもしれない。
もう一人の自分を作る理由
今日で千日解放を書き始めてから、
ちょうど二ヶ月になる。
そろそろ私のペンネームを考えようと思う。
小説に
佐渡美樹(さわたりよしき)。
エッセイは、殴り書きをもじって
名栗雅樹(なぐりまさき)。
もしくは落書きをもじって
落雅樹(おちまさき)。
その他、
蒸し暑しをもじって
武士敦(むしあつし)。
湧きあがってきた多くのペンネームを、
どれにしようかと随分考えた。
作家の中には、
たくさんのペンネームを持ち、
作品の内容によって使い分けている人がいる。
若いころ、
それはカッコいいなと思い、
ただペンネームだけを考えるのに、
何日も費やしてしまったことがあった。
学生時代にシンガーソングライターを気取り、
元木 仁(もとぎ じん)というペンネームで
作詞・作曲していたことがある。
といっても、
自分で使っていただけで、
公になったことはなかった。
ペンネームをなぜ使うのだろう。
自分と違う人格に物を書かせている感覚なのか。
ただ、カッコいいと思い使うのか。
創造という別世界にわが身を置けるからか。
ペンネームを持っているだけで、
作家気分になれるからか。
夜の世界にも、源氏名がある。
芸能人には芸名がある。
似たようなものか。
ある作家は、
本名でデビューしてしまった後で、
本名では何かと不都合が多い、
と書いていた。
わかるような気がする。
結局、最初に考えた通り、
小説には佐渡美樹(さわたりよしき)。
エッセイには、
名栗雅樹(なぐりまさき)でゆくことにした。
佐渡美樹(さわたりよしき)は、
私の本名と、
妻の旧姓から、
それぞれ半分づつ使用して合成した。
響きが好い!
佐渡美樹(さわたりよしき)宜しく!
名栗雅樹(なぐりまさき)も、宜しく!
執筆日:1998/07/09(木)
編集後記
名前には、
不思議な力があります。
本名とは違う名前を持つことで、
新しい自分になれる気がする。
創作とは、
もしかすると
“もう一人の自分”と向き合う行為
なのかもしれません。
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