普段は何気なく使っているものも、
失いかけたときに、
その大切さに気づきます。
第157話では、
突然パソコンが故障した出来事を通して、
道具への感謝や、
仕事を支える環境について考えています。
当たり前の存在ほど、その大切さに気づきにくい
私のパソコンが故障した。
私はパソコンをほとんど書くため、
すなわちワープロとして使用している。
私が書くことを続けられたのも、
ひとつはパソコンのお陰、
と思っている。
訂正するのも、
推敲するのも容易にできる。
大変便利に使わせてもらっている。
それが立ち上がらない。
もちろん書きこむことなどできない。
私は不安に襲われた。
もしもパソコンが使用できなくなったら、
果たして書き続けられるのか。
そう思う裏側で、
そんなに私の決意はもろくはない、
と心の中で葛藤(かっとう)をする。
そんな間にも、
自己回復力を持つパソコンは、
悪いところを見つけ出し、
自力で直そうとしている。
私の指示が悪いからか、
すでに15時間以上経っているにも拘わらず、
半分くらいのチェックしか終わっていない。
仕方なく
こうしてシャープペンでノートに書き始めた。
筆記用具として、
パソコンの重要性を
身をもって知ることになった。
むかし
パソコンやワープロで原稿を書くのは
邪道とされただろう。
しかしここ数年来、
新聞などで○○文学賞受賞の○○さんは、
ワープロで受賞作品を書き上げた。
そんな記事をみる機会が多くなった。
パソコンで小説を書くことこそ、
文章に何の興味もなかった人が、
自分も書いてみようか、
書けるのではないか、
という誘発につながったと思う。
私もそのひとりだからだ。
いまもパソコンの画面をみながら、
なんとかガンバレよ、
と願う気持である。
私にとっては、
病気になった子を看病する思いである。
自力で回復しなければ、
私が面倒な作業をして修復しなければならない。
それでも駄目なら最後は技術者を要請する。
便利であればあるほど、
故障すると非常に不便である。
パソコンと、
サラリーマンを
置き換えてみると
考えさせられる。
執筆日:1998/10/12(月)
編集後記
1998年当時と比べると、
今ではパソコンだけでなく、
スマートフォンやクラウドなど、
多くの道具に支えられて仕事をしています。
便利さに慣れるほど、
それを支える環境への感謝を
忘れないようにしたいものです。
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