宝くじ【第104話】

第104話は、
宝くじについて書いた一篇です。

読み返してみると、
当時の私は宝くじに「夢」だけでなく、
「人生を変えるきっかけ」
のような期待も抱いていたように感じます。

現在では
宝くじに対する考え方は変わりましたが、
その変化も含めて、
この頃の率直な思いを
そのまま残したいと思います。

幾多のドラマが生まれる源(みなもと)

宝くじの最大購入者は、
サラリーマンだろう。

サラリーマンの人口からいっても、
火を見るよりも明らかだ。

しかし、
50年近く生きてきて、
身近な人に、
100万円以上の当選者を
みたことがない。

自分も数百万円の投資に対して、
過去たった一回、
5万円が当たっただけである。

言い方を換えれば、
交通事故にあうよりも
当たる確率が少ないという。

つまり宝くじに当たることは、
かなり特殊な、
いやそれ以上に
異常な事態なのかもしれない。

だからといって、
当たらなくてもいいんだよ、
購入金額の何割かは、
色々な公共事業に使われるのだから、
税金を出していると思えばいいんだ。

などと、
本心から思っているサラリーマンは
いないはずだ。

どんなにわずかな確率でも、
それに賭けているのが宝くじで、
だから良く売れるし、
長く続いているわけだ。

私は、
宝くじをテーマにした小説を
書きたいと思っている。

なぜなら、
もし一介のサラリーマンや庶民に、
億単位の金額が当たったら
どうなるであろうか?

想像しただけでも、
様々なドラマを考えられる。

喜劇、悲劇、感動、
その他色々なパターンにおいて、
ドラマを展開したら、
シリーズになるくらい
小説が書けるのではないか。

また、
読者にしてみれば、
当たる可能性は少ないといっても、
­微­塵(みじん)もないなどとも
思っていない事柄なのだから、
興味もひくだろう。

それにしても、
日本の宝くじは
欧米に比べたら当選金額は低い。

いまでは
都会で庭付きの家を一戸買ったら、
あまり残らない金額だ。

けれど私の年齢からいけば、
定年まで働かなくても
充分暮らせる金額だ。

つまり宝くじに当たれば、
サラリーマンを解放するのに
千日はかからない、
ということになるのだ。

執筆日:1998/08/20(木)

編集後記

今読み返してみると、
この頃の私は
「早くサラリーマン生活から
 解放されたい」
という思いが、
とても強かったことが伝わってきます。

宝くじに夢を託したのも、
その気持ちの表れだったのでしょう。

しかし現在の私は、
人生を変えるものは
一度の幸運ではなく、
毎日の積み重ねだと考えています。

だからこそ、
この「サラリーマン千日解放」も、
一話一話積み重ねながら
完成を目指していきたいと思います。

👉第105話はこちら
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