犬の早死に命の意味を考える【第105話】

犬や猫などの小さな命との別れは、
家族を失うのと変わらないほど
大きな悲しみを残します。

第105話は、
生後わずか二か月で亡くなった
一匹の犬を通して、
「命の長さ」と「生きた意味」
について考えた一篇です。

誰にとっても答えの出ない問いだからこそ、
心に残る内容となっています。

短い命が私たちに残してくれるもの

一昨日、
ダックスフントのジョイが死んだ。

近くに住む義理の妹が、
十日前にダックスフントを購入した。

最初から弱々しく、
食欲もなかった。

心配してすぐに病院へ連れて行き、
注射をうってもらい
一旦家に戻った。

それでも元気にならず、
次の日には入院し、
五日後に亡くなった。

ジョイは生後二ヶ月だった。

悲しみもさることながら、
あまりにも短い一生は
何のためだったのだろうか。

もちろん、
妹の家にきたときは
皆からかわいがられ、
食事をしないので皆から心配され、
病院で亡くなって皆から悲しまれた。

ジョイの、
現世の使命はそれだけだったのか。

最近は少ないようだが、
むかし子供の早死は多かった
と聞いた。

むかしほどではないにせよ、
現在でも子供の早死はあるだろう。

小さな未来のある命が、
早々にして現世を去っていく現実を、
我々はどう理解したらよいのだろう。

瑠­璃(るり)は脆(もろ)し、

(美しいものやすぐれたものは、
傷つきやすく壊れやすいということ)

と言うが、
単に美しいものとしての役割だけを担って、
現世の存在価値をまっとうするのだろうか。

人間社会では、
目に見える形が完全消滅することで、
その存在価値を失う。

現代では写真、書物、映像等で、
かつての存在をたしかめることはできるが、
時間の経過によって、
ほとんど風化してしまう。

子々孫々まで、
自分の存在価値を形で残すなら、
私には書くことしかない、
と思った。

書いた本に、
人を感動させる火花さえあれば、
風化するにも通常よりは時間がかかる。

つまり、
より長く存在価値を残すことができる、
というわけだ。

千日解放を書き終えたら、
ふたたび日々のエッセイとして、
千日間の単位で継続的に書いてゆこうと思う。

いずれにしても書き続けなければならない。

執筆日:1998/08/21(金)

編集後記

命の価値は、
長さだけでは測れないのだと思います。

短い人生であっても、
誰かの心に深く残る存在があります。

この一篇を読み返しながら、
生きること、
そして記憶に残ることの意味
を改めて考えさせられました。

👉第106話はこちら
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