人はなぜ賭け事に惹かれるのか【第75話】

人は時に、
「運」に人生を託したくなる。

宝くじ、競馬、競輪――。

そこには、
現実を一気に変えたいという願望があるのかもしれない。

しかし本当に人生を変えるのは、
運なのだろうか。


それとも、自分自身の行動なのだろうか。

他人任せの人生と、自力で生きる覚悟

サラリーマンにとって、
賭け事といえば、
一般的には、
以前書いた
パチンコ・麻雀、
チンチロリン、花札、
ととかるちょ、
競輪、競馬、競艇、競オート、
くらいか。

まさか、
賭­場(とば)まで行く人は
ごく限られた人だろう。

おっと、忘れちゃいけない、
一番スタンダードなのが宝くじかもしれない。

賭け事は、
独立とは正反対な行為である。

なぜならば、
他人任せが多いからだ。

競馬、競輪、競艇、競オート、宝くじ、
またこれらに似た類­の賭け事は、
勝つか負けるかはすべて他人任せになる。

自分が馬の手綱をとるわけではない。
自分が自転車に乗るのでもない。

そう考えると、
麻雀やパチンコは、
いかさまや、
機械を調整されているとかいわれても、
半分近くは自力が作用するのではないか。

賭場で、
一介のサラリーマンが
壷を振ることなどないだろうが、
もしいるとすれば、
半分以上は自力が作用するであろう。

しかし、
宝くじを賭け事と思って買っている人は、
ほとんどいないのではないか。

――くじ、
という表現が、
賭け事という
重く忌まわしいイメージを、
­払拭(ふっしょく)しているのであろうか。

競馬の馬券と同様、
当たれば「当たり券」と言って、
両方ともに通ずる用語を使う。
やはり、歴とした賭け事なのである。

最近はまったくやらなくなったが、
パチンコ、麻雀、花札、
など昔はよくやったものだ。

宝くじなどは
数万円単位で買い続けたこともあった。

しかし、
当たったためしはない。

どうしてか。

自力で独立しろ! 
ということか。

でもこれだけ費やしたのだから、
独立資金の一部だけでも良いから、
助けてもらえたら……。

などと思っていてはいかんのだろう。

執筆日:1998/07/22 (水)

編集後記

運に期待したくなる気持ちは、
誰の中にもあるのだと思います。

しかし最後に人生を動かすのは、
やはり自分自身の行動なのかもしれません。

遠回りでも、
自力で積み上げたものだけが、
本当に残って行く気がします。

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