人は時に、
「運」に人生を託したくなる。
宝くじ、競馬、競輪――。
そこには、
現実を一気に変えたいという願望があるのかもしれない。
しかし本当に人生を変えるのは、
運なのだろうか。
それとも、自分自身の行動なのだろうか。
他人任せの人生と、自力で生きる覚悟
サラリーマンにとって、
賭け事といえば、
一般的には、
以前書いた
パチンコ・麻雀、
チンチロリン、花札、
ととかるちょ、
競輪、競馬、競艇、競オート、
くらいか。
まさか、
賭場(とば)まで行く人は
ごく限られた人だろう。
おっと、忘れちゃいけない、
一番スタンダードなのが宝くじかもしれない。
賭け事は、
独立とは正反対な行為である。
なぜならば、
他人任せが多いからだ。
競馬、競輪、競艇、競オート、宝くじ、
またこれらに似た類の賭け事は、
勝つか負けるかはすべて他人任せになる。
自分が馬の手綱をとるわけではない。
自分が自転車に乗るのでもない。
そう考えると、
麻雀やパチンコは、
いかさまや、
機械を調整されているとかいわれても、
半分近くは自力が作用するのではないか。
賭場で、
一介のサラリーマンが
壷を振ることなどないだろうが、
もしいるとすれば、
半分以上は自力が作用するであろう。
しかし、
宝くじを賭け事と思って買っている人は、
ほとんどいないのではないか。
――くじ、
という表現が、
賭け事という
重く忌まわしいイメージを、
払拭(ふっしょく)しているのであろうか。
競馬の馬券と同様、
当たれば「当たり券」と言って、
両方ともに通ずる用語を使う。
やはり、歴とした賭け事なのである。
最近はまったくやらなくなったが、
パチンコ、麻雀、花札、
など昔はよくやったものだ。
宝くじなどは
数万円単位で買い続けたこともあった。
しかし、
当たったためしはない。
どうしてか。
自力で独立しろ!
ということか。
でもこれだけ費やしたのだから、
独立資金の一部だけでも良いから、
助けてもらえたら……。
などと思っていてはいかんのだろう。
執筆日:1998/07/22 (水)
編集後記
運に期待したくなる気持ちは、
誰の中にもあるのだと思います。
しかし最後に人生を動かすのは、
やはり自分自身の行動なのかもしれません。
遠回りでも、
自力で積み上げたものだけが、
本当に残って行く気がします。
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