団塊の世代【第31話】

団塊の世代。

同じ世代の人口が最も多い、
ひとつの「塊(かたまり)」として
存在してきた人たち。

その塊は、
常に競争の中に置かれてきました。

私は団塊の世代のぶらさがり

私はちょうど団塊の世代にぶら下っている。

昭和25年の早生まれで、
24年生まれの人間と同じ学年になる。

サラリーマン社会にいると、
団塊の世代は様々な意味で、
一番中途半端な世代に位置しているのではないか、
と思うことがある。

若い部下の気持も、
年上である上司の気持も分かってしまい、
逆に自分はどうすべきなのか、
という決断に苦しむことがある。

自分の意見があるようで、
実は確固たる意見を持っていないからなのだ。

また、
持っていたとしても発言だけして実行しない。

明治生まれの人間が持っていたような、
絶対に動じないという確固たるものはない。 

でも一生懸命に、
様々な点を鑑(かんが)み、
決断する。

この方法は決して間違いではなく、
時にはとても良い結果をもたらす。

私はかつて団塊の世代という塊­(かたまり)は、
意思薄弱な集団になってしまっているのではないか、
と思ったことがある。

人間が多すぎて、
常に競争を強いられてきたからだ。

小学校、
中学校、
高校、
大学と、
常に受験競争。

運動部は当然競争があり、
社会に出て出世競争、
結婚適齢期には相手の獲得競争、等々。

すべて競争することにエネルギーを費やされてきた。

それも自分の意思ではない競争ばかりしてきた。

気がつくと、
人の面倒をみたり、
適切な判断をしたり、
確固たる信念で決断したりすることが、
不得手になっていた。

勿論そんな人ばかりでないのは明白だが、
団塊の世代で、
中間管理職をしている人には、
思い当たる人も少なくないのではないか。

敗戦後、
既に50年を超えた。

我々団塊の世代も、
もう過去の塊から抜け出して、
独立独歩のリハビリを始めようではないか。

そして、自己を解放しよう!

執筆日:1998/06/08(月)

編集後記

団塊の世代も
既に後期高齢者となりました。

振り返れば、
どこか「中途半端」と言われ続けた世代
だったのかもしれません。

それでも、
時代の変化に適応していく人と、
取り残されてしまう人。

その差が極端に現れるのも、
この世代の特徴なのかもしれません。

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