サラリーマンとして働いていると、
家庭では会社とは違った顔を見せるものです。
今回は、
夫婦の間だからこそ出てくる、
少し恥ずかしくもユーモラスな
「おなら」の話です。
1998年の私は、
夫婦の親しさと礼儀について、
こんな出来事から考えていました。
夫婦の親しさと礼儀を考える
私事で恥ずかしい話だが、
私は家でよくおならをする。
よくおならをするのは、
食事のときに、
空気もいっしょに食べているからだ、
といわれたことがある。
などといい訳しても、
行儀が悪いことにかわりはない。
結婚したてのころ、
妻からいわれた。
「結婚前は
一度も私の前でおならなどしたことなかったくせに、
騙(だま)されたよ。
親しき仲にも礼儀ありでしょ」
と主張した彼女に、
私は反論した。
「家族以外の人前では絶対にしないぞ、
それだけ心おきなく
気を許している証拠じゃないか」
この論戦はいつでも平行線で解決しない。
しかし、
私のおならは、
おならというようなかわいいものではない。
放屁(ほうひ)の文字どおり、
まさに放つのである。
あまりの豪快さに、
二階から階下に、
ものの見事に共鳴するほどだ。
おならはよく
健康のバロメーターとかいわれる。
盲腸の手術後に、
おならが出て、
初めて医者に大丈夫といわれるくらいだ。
たしかに、
放った臭(にお)いで
健康状態が何となくわからないでもない。
痛快な音と臭いの場合は、
すこぶる身体の調子も好いが、
音が悪く湿った臭いのときは調子が悪い。
そんな私のおならでも、
長年一緒にいると親しみを感じるのか。
私が一ヶ月くらいの海外出張で家を空けたときなどは、
帰国してから私のおならを聞き、
初めて戻ってきたと実感した、
と妻はいっていた。
また、
私が原因不明の下痢で
一月半ほど悩まされたときなどは、
それこそおならどころではなかった。
やっと回復して、
おならが出るようになったときなど、
どんどんして頂戴、
とまでいっていた。
しかし最近は、
「娘が年頃になったのだから、
もう少しひかえてください。
お願いします」
と懇願されている。
執筆日:1998/11/13(金)
編集後記
1998年の私は、
妻との「おなら」をめぐるやり取りを、
夫婦の親しさと礼儀の問題として書いていました。
2026年の今読み返すと、
何とも可笑しい話ですが、
長く一緒に暮らす夫婦だからこそ分かる距離感が、
この話には表れているように感じます。
健康状態までおならで分かるという話には、
当時の生活感もそのまま残っています。
👉次回記事「第190話」はこちら
マフラー|マフラーから考える価値観


