人はなぜ花を愛(め)でるのか【第55話】

花を見て、
心が動く人がいる。

一方で、
まったく興味を持てない人もいる。

その違いは、
感性なのか、
それとも心の余裕なのだろうか。

余裕と感性の関係を考える

今、女子高校生の間で、
ハイビスカスの花が流行している。

ハイビスカスは南国の花らしく、
輪郭がクッキリしている。

縁取りのしやすい形で、
彼女たちはカバンに書いたりして楽しんでいる。

真っ白なハイビスカスは、
いかにも清楚­/(せいそ)な感じがする。

ハイビスカスは、
ハワイの州花で、
別名ブッソウゲともいうそうだ。

観賞用の園芸品種で、
約200種類もあるという。

さすがに熱帯地方の花だけあって、
日焼けした小麦色の肌に良く映える。

しかし、ガングロと呼ばれる女子高生が、
メッシュの髪にハイビスカスを一輪刺している姿は、
場違いな感じにしか見えない。

サラリーマンにとって、
花との縁はどれほどあるだろう。

私は名前と実物が一致しないほど、
花に対する知識はない。

年に2回、3月と8月、
結婚記念日と、
かみさんの誕生日に花を買う程度だ。

そのとき以外は、
家の中にほとんど花はない。

小年時代、
私は学校から帰ると、
毎日すっ飛んで近くの山へ遊びに行った。

当時、私は春が待ち遠しかった。

開花した菜の花で、
広い畑一面が覆われるからだ。

中に入ると、
黄色い雲に乗っているような錯覚に陥り、
その芳香にめまいを覚えた。

しかしこの歳(48)になっても、
まだ花を愛でる風流さは持ちあわせていない。

そういう行為は、
余裕が出てくるとできるのか、
それとも性格なのか。

もし、性格であれば、
たぶん私は一生花を愛でるようなことは
ないかもしれない。

なれないタイトルを掲げるものではない、
とつくづく反省している。

書くのに、
いつもの三倍以上も時間がかかってしまったからだ。

やはり、
私に花は似あわないのか。

私はまさに花より団子であるから。

執筆日:1998/07/02(木)

編集後記

人には、
それぞれ心が向くものがあります。

花に癒やされる人もいれば、
実利を求める人もいる。

どちらが正しいということではなく、
自分らしさを知ることが大切なのだと思います。

👉第56話はこちら
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