マフラー【第190話】

同じものを選ぶ安心感と、
人とは違うものを選ぶ個性。

その違いは、
私たちの価値観にも表れます。

今回は、
娘のマフラーをめぐる出来事から、
1998年の私は
「人の価値観はどのように生まれるのか」を考えています。

マフラーから考える価値観

ここ二、三年、
女子高校生の間で
英国製マフラーがブームになっている。

マフラーといっても
かなり高額だ。

たしかに品質は良いが、
高校生のするマフラーとしては、
少々高すぎるのではないかと思う。

しかし、
私の娘もブームに乗ったひとりだ。

そして私も娘の要望に負け、
彼女が中学三年生のクリスマスに
それをプレゼントした。

購入するとき、
私は最も人気があった茶系の地色に
タータンチェック模様、
ではなく、
ほとんど見かけない水色の地色を選んだ。

皆と同じ色でなかったので、
私から受け取ったとき、
娘は少し躊躇した様子だった。

彼女はすぐには使用せず、
高校生になるまで我慢した。

ここ一週間くらいで
かなり冬らしくなってきており、
娘は晴れてそのマフラーをして学校へ行った。

帰ってから、
妻にいったそうだ。

マフラーが友達の間で好い評判だった、と。

喜んでいたようだ。

良かった、と私もホッとした。

皆と同じ色にしていたら、
何もいわれなかったろう。

水色で珍しいから、
皆から、「いいね」といわれたのだろう。

しかし
「何その色、あまり見ない色ね、
 本物じゃあないんじゃないの」、
等といわれる可能性もあったのだ。

娘の友達が、
常識的な価値判断をしてくれたことにも、
私はホッとした。

価値観の違いは個人差があり、
誰にも侵せないものだと思うし、
批判はできない。

また価値観の種類によっては、
善し悪しが判断できないものもある。

しかし、
現在までの生き方、
環境、
教養等、
背景になったすべてが
凝縮されたものであることに疑念はない。

たぶん、
私の持っている価値観が、
小説を創造する上で大きな役割を果たし、
大きく影響を及ぼすと思う。

執筆日:1998/11/14(土)

編集後記

1998年の私は、
娘のマフラー選びという小さな出来事から、
人の価値観について考えていました。

2026年の今読み返しても、
人と違うものを選ぶことには、
本人の生き方や環境が表れる
という考え方には納得するところがあります。

そして、
その価値観が小説を書くことにも
つながると考えていたことが、
今の連載にもつながっているように感じます。

👉次回記事「第191話」はこちら
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