ねた【第149話】

人と話す仕事でも、
文章を書く仕事でも、
「ねた」が尽きると前へ進めません。

第149話は、
毎日書き続ける中で感じた
「ねた」の大切さを通して、
学び続ける姿勢について綴った一篇です。

良い仕事は、日々の「ねた集め」から始まる

「たね」を逆さに読んだ言葉であることは
結構知られている「ねた」は、
元々新聞・雑誌記事の材料として、
また犯罪などの証拠として使用されていた。

それが一般的に料理の材料や、
話題を切らさないように仕入れておく、
細切れの話題などとしても使われるようになった。

千日解放も、
日々「ねた」を探している。

最初は苦労しなかったが、
毎日なのでタイトル数も三桁を超えると、
「ねた」も尽きてくる。

やはり書くための創造力もまだまだ弱く、
知識の幅も非常に狭いな、
と痛感する。

日々勉強であることを改めて思いしらされる。

サラリーマンにとって、
「ねた」といったらどんなものがあるだろうか。

営業マンなら、
自分が売り込もうとする商品の深い知識、
世間話のできる三面記事的な話題、
日々刻々と変化する世界情勢の話題、
経済の大雑把な話題、
芸能ニュース等々である。

内勤者は、
営業ほど「ねた」を仕込む必要はないが、
上司、部下との話題に困らない程度は
仕込んでおかなければならない。

また、
職種によっても仕込む「ねた」は、
ずいぶん違うだろう。

食品を売る人と自動車を売る人では、
おのずと変わってくる。

また相手が男性か女性かでも、
かなり違ってくるだろう。

まったく通常の生活では、
及びもつかない「ねた」を
用意しなければならないような
職種もあるだろう。

話すことを職業にしているような人たちは、
オーソドックスな話も基礎として必要だが、
一番新しいニュースや情報を仕入れ、
それらを上手に料理しておく必要がある。

そのスピードについてゆけなくなったら、
その道で生きることは難しくなるだろう。

もちろん私たち作家にとっても、
「ねた」が探せなくなったら
廃業せざるを得ないだろう。

まだ開業もしていないのだが。

執筆日:1998/10/04(日)

編集後記

情報は待っていても集まりません。

日頃から好奇心を持ち、
小さな出来事にも目を向けることが、
新しい発想につながるのだと思います。

私自身も、
このブログを書き続けることで
改めてそう感じています。

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