世の中には、
単純に善悪だけでは
割り切れない出来事があります。
被害者だと思われていた人が加害者になり、
加害者だと思われていた人にも事情がある。
今回は、
サラリーマン社会や
人間関係の中で起こる
「加害者と被害者」
の複雑な関係について考えてみます。
見えない事情と責任の行方
被害者がいる場合、
必ず加害者もいる。
しかし、
加害者がほんとうの被害者
であったりする場合もある。
いじめ、
陰湿な嫌がらせなど、
他人の目に見えない状況から起こる現象も、
そのひとつである。
証拠が形で残らないのをいいことに、
執拗に精神的な虐待を繰り返してきた加害者が、
一転して被害者になるケースだ。
たとえば、
いじめられた者が、
いじめた者を、
殴ったり傷つけてしまった場合、
加害者は結果として傷つけた者になる。
いじめた者は被害者になる。
身体に直接傷害をうけた、
という理由で。
こういうケースは、
法的には暴力を振るった者が加害者である。
暴力は絶対にいけないことだ。
しかし、
それだけでは片づけられない後味の悪さが残る。
サラリーマンの仕事にも
似たようなことはある。
社内のいじめや、
嫌がらせも多いと聞くし、
果ての暴力沙汰なども実際にある。
最も深刻なのは、
ときどき新聞沙汰になる、
仕事上で法に触れた社員の措置だ。
事件が明るみに出たときは、
すでに解雇されていたりする。
実際に手を下した者として、
犯罪者扱いとなり、
会社も辞めさせられてしまう。
だいたい
課長、部長クラスに多い。
責任者には何の咎(とが)めもなく、
立場上、
手を下すしかなかった者が責任を取っている。
悪いことと分かっていても、
上からの命令でやらざるをえない者は、
立場上、
致し方ないと思ってやってしまうのが、
現実だろう。
結果的に、
加害者と被害者の双方を
甘受しなくてはならない立場に
追いやられてしまう。
上司の命令といえども、
してはならないことは、
ハッキリと拒否する。
強い心構えを持っていないと、
押し流されてしまう。
加害者であれ、
被害者であれ、
痛みは残る。
ましてや双方を甘受までする必要はない。
執筆日:1998/08/02(日)
編集後記
被害者にも加害者にもなりたくない。
しかし社会の中で生きていると、
知らず知らずのうちに
どちらかの立場に立たされることがあります。
だからこそ、
自分自身の判断基準を持つことが
大切なのだと改めて感じます。
👉第87話はこちら
人はなぜ意地を張るのか|信念を貫くために必要なもの

