解放感【第33話】

サラリーマンにとって、
解放感とは、どんな瞬間に訪れるのだろうか。

人それぞれ、感じ方は違う。

それでも、
「解放される」ということ自体に、
ひとつの豊かさがあるのではないだろうか。

豊かな味わい

サラリーマンにとって、
解放感はどんなときに感じるものだろうか。

会社の終業チャイムを聞いた瞬間(と­き)。

家路につくため、
もしくは飲み歩きをするため、
会社から外に出た瞬間。

そうではなく、
はしご酒の出発点である
酒屋の椅子に坐った瞬間。

一杯めの酒、
もしくはビールに口をつけた瞬間。

飲み始めてしばらく経ったとき。

­酩酊­(めいてい)して、
酒屋の女将(お か み­)に起こされ、
目が覚めたとき。

帰りの電車に乗った瞬間。

電車が下車駅に到着した瞬間。

帰宅したときに、
「お帰りなさい」を聞いた瞬間。

家で風呂に浸­かった瞬間。

風呂上がりのビールを、呷(あお)った瞬間。

妻の料理を口に頬­(ほお)ばった瞬間。

すべてを終えて、
やっと寝床に就いた瞬間。

休日以外には解放感を味わえない人。

いつまでたっても解放されない人。

様々である。

ごくまれなケースに、
飲んだり家にいても解放感はまったくなく、
唯一、仕事をしているときにだけ
感じている人がいる。

見ていると、
サラリーマンであることが、
その人の心を支えているような錯覚に陥る。

こういう人は、
サラリーマンを解放される必要は
まったくないだろう。

いや、
ほんとうはこんなタイプが、
最もサラリーマンを解放されるべき人
なのかもしれない。

なぜなら、
人生、サラリーマンがベスト
ではあり得ないからだ。

少なくとも、
現状のサラリーマンでは
ベストとはいえない。

これに異論のある人はそれほど多くはない、
と思うのだが。

解放感を味わうことで、
人生は豊かになる。

執筆日:1998/06/10(水)

編集後記

健全な解放感は、
無理にサラリーマンを手放すこと
で得られるものではありません。

地に足のついた選択でなければ、
かえって方向を見失ってしまうこともあります。

だからこそ、
どのように「解放」を捉えるかが
重要なのだと思います。

👉第34話はこちら
ストレス|常にあるもの