リュックサックとRV【第194話】

通勤電車や都会の道路では、
自分にとって便利なものが、
他人にとっては迷惑になることがあります。

1998年の私は、
満員電車のリュックサックと
都会を走るRVを題材に、
便利さや流行だけではなく、
周囲への配慮について考えていました。

都会の暮らしと他人への配慮

リュックサックを背負って
満員電車に乗り込まれるのは、
迷惑千万である。

そもそもリュックサックは、
登山や荷物が多いときに使うもので、
都会を歩くときに使うものではない。

ましてや、
サラリーマンが背広の上に背負うものではない。

都会で必要のない
RV(レジャーやアウトドアを楽しむための車の総称)や、
4WD(4つの車輪すべてに駆動力を伝えて走る「四輪駆動」)
が走っている時代だから、
リュックサックを通勤に使ってもいいではないか、
という意見もあるだろうが、
賛成する人は少ないだろう。

前述のRVや4WDも、
都会ではまったく必要のない代物といえるだろう。
車がファッション化され、
RVなどは一時若者の間で大流行した。

スキーに行くから必要なのだ、
といえるかもしれない。

また、乗り心地も良く、
車内が広くなってすごしやすい車、
といえるのかもしれない。

それでも都会の現況から考えて必要ない。

大きいので、
ときには不便だったり、
他人の邪魔になってしまうことさえある。

リュックサックもファッション化して、
可愛らしい小さな物まで出ているが、
せめて満員電車では、
肩からはずして欲しい。

これらの利用者に、
自分では気がつかず、
他人に迷惑をかけているケースもある、
ということを知ってもらいたい。

中には分かっていながら、
満員電車でリュックサックを背負う人、
狭い道をわが物顔でRVを疾走させる人がいる。

そうしたい人は、
人里離れた山奥に行け、
といいたい。

実生活に不要な物が流行したり、
他人はおかまいなしに
生活を楽しくする物が売られてから久しい。

そろそろ生活の実をとった物が、
再認識される時代になるのかもしれない。

サイクルとしては、
その時期だろう。

しかしそのサイクルさえも狂ってしまい、
むかしのような繰り返しはもう再現されない、
という最悪のケースも考えられる。

執筆日:1998/11/18(水)

編集後記

1998年の私は、
リュックサックやRVのような
便利で人気のあるものにも、
他人への配慮が必要だと考えていました。

2026年の今読み返すと、
便利さや流行そのものよりも、
「自分以外の人にどう見えるか」
を考えることが大切だという話として
読むことができます。

当時の私は、
かなり強い言葉でその違和感を表現していました。

👉次回記事「第195話」はこちら
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