「知ったかぶり」は、
誰にでも身に覚えのあるテーマかもしれません。
1998年の私は、
自分自身の失敗を振り返りながら、
知識をひけらかすことの怖さについて考えています。
知ったかぶりをしてしまう理由
私はおっちょこちょいで、
はやとちり、
さらに知ったかぶりをすることがある。
自分では極力気をつけているつもりだ。
にも拘わらず、
人間が軽くできているのか、
同じ過ちを二度、三度と犯してしまう。
知ったかぶりをすると、
後で大変な苦労に見舞われる。
その知識を一時的にも、
詰め込まなければならなくなるからだ。
追いついてゆけるうちはいいが、
追いつけなくなってくると、
化けの皮が剥がれてしまう。
妻には、
すでに化けの皮は剥がれている。
特に書き物をしていると、
知ったかぶりは禁物だと痛感する。
あとに残ってしまうので、
訂正のしようがなくなってしまうからだ。
なぜ知ったかぶりをしてしまうのか、
考えたことがある。
要するに、
基礎ができていないのだ。
聞きかじりだったり、
うわべだけの見聞だったり、
場の流れで自分が思いついたことを口走ったり、
してしまう。
やはり、
私は浅薄な人間なのだ。
知ったかぶりを予防するには、
自分ではっきりと確認したもの以外は口にしない、
という原則を守ることだろう。
原因について私なりの心あたりはある。
私が経験した様々なアルバイトの中に、
百科事典の訪問販売があった。
所帯を持ってからも、
家電商品の訪問販売で食べていた時期があった。
セールストークのひとつである応酬話法を、
私は知ったかぶりをすることで、
身につけてしまったのかもしれない。
良くいえば、
広く浅く万遍なく物事を知っているといえ……、
ない…かぁ。
調子者の悪い癖を直すには、
新聞は見出しだけで理解したような顔はせず、
本も終わりの解説だけを読んで、
分かったような気持ちにならないよう注意しよう。
書くことは、責任ある仕事なのだから。
執筆日:1998/11/07(土)
編集後記
1998年の私は、
知ったかぶりをしてしまう自分の弱さを、
かなり正直に書いています。
2026年になった今でも、
知らないことを
知ったふりをしない姿勢は
大切だと感じます。
書くことを続けているからこそ、
改めて肝に銘じたいテーマです。
👉次回記事「第184話」はこちら
暖房器具|暖房器具から考える暮らしの変化


