映画館はなぜ特別なのか【第99話】

映画館で映画を観る機会が少なくなった
という人も多いかもしれません。

便利な時代になった一方で、
作品と向き合う時間の価値について
考えることもあります。

第99話は、
映画を題材にしながら、
作品と人との関係について書いています。

作品は見てもらってこそ価値がある

昨日、
久し振りに映画館へ行った。

それでも今年に入ってからは、
すでに三回行っている。

今までと比べれば多い方だ。

ビデオソフトが豊富になり、
音響機器、映像機器の
急速な発達にともない、
私の家では一時期
ビデオソフトばかり見るようになり、
映画館に足を運ばなくなった。

当時、
年間数百本のソフトを鑑賞し、
数年間見続けて、
興味がなくなった。

そしてしばらくはソフトもやめた。

最近、
娘が映画に興味を持ち始め、
誘われて行くようになっている。

それはやはり、
映画館の方がいいに決まっている。
画面は大きいし、音も迫力がある。

それになんといっても気構えが違う。

ホームビデオで映画鑑賞するのは、
雰囲気作りにも限界がある。

しかし映画館は、
始まるまでの、
気持の準備作りをしてくれる。

これから見るぞ、
というときに
大事な役割を果たすのではないか。

現代の映画は、
コンピューターグラフィックス
なるものを駆使している。

現実ではない映像を複合して、
あたかも現実のように作り、
­凄(すさ)まじい迫力がある。

これがハリウッド映画の再生に、
一役買ったのは否めない。

よりリアリティになり、
スピード感のある映画を作れるようになった。

ハリウッドに比べて、
日本映画はどうして暗くて、
安っぽいのだろう。

第一いまは映画スターがいない。

テレビタレントやアイドル歌手が、
サイド的に映画出演する。

これでは映画も育たない。

たまに海外の映画祭で大賞受賞、
と報道される日本映画もある。

では現実的な興行はどうなのか、
というと、
受賞で騒いだほど観客動員数につながらない。

やはり見てもらわなくては、
いくつ大賞をとっても意味がない。

小説も、
大賞よりも読者が何人いるかだ。

執筆日:1998/08/15(土)

編集後記

映画も小説も音楽も、
人に届けられて
初めて意味を持つのかもしれません。

作品を作る側の思いと、
それを受け取る側の存在。

その両方があってこそ
文化は続いていくのだと感じました。

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