会社組織には、
なぜこれほど多くの「承認」が必要なのだろうか。
稟議は本来、
組織を円滑に動かすための仕組みのはずだった。
しかし現実には、
責任を曖昧にする制度として
機能している場面も少なくない。
そこには、
日本企業特有の問題が隠れている気がする。
責任を分散し続ける組織に未来はあるのか
会社勤めのサラリーマンなら、
稟議書というものを、
過去に一度や二度書いたことがあるだろう。
以前、
タイトル№064「責任の分散」(98・07・11)
でも触れたが、
いま一度、独立したタイトルで書いてみたい。
改めて「稟議」を広辞苑で調べると、
「官庁・会社などで、
会議を開く手続きをとるほど重要でない
事項について、
主管者が決定案を作って
重役間または関係者間に回付し
その承認を求めること」
とある。
そして稟議書は、そのための書類とある。
重役間または関係者間とは、
複数責任の制度であるといえる。
責任リスクの分散である。
要するに責任のがれ制度なのだ。
通常、
会社組織は、
課長、部長、取締役といて、
それなりの責任がそれぞれに与えられ、
機能を果たせるようにしているはずだ。
にも拘わらず、
係る案件の金額で稟議を規程している会社が多い。
また、そう理解している人たちがほとんどだ。
これは、
会社が組織として身軽に動ける状態でない
ことを示している。
なぜそうなってしまったのか。
根本的には、
上下の信頼感欠如だと私は思う。
部下のやっていることにいつも不安を抱き、
任せきれない。
任せてくれないので、
部下の士気もあがらず、
いつまで経っても自立しない。
まったく悪循環である。
上下とはもちろん、
社長から平社員までのことである。
ちょうど、
親が子供をいつまでも
こども扱いしているのと同じだ。
そして最悪なケースは、
親が子供をこども扱いしておいたにも拘わらず、
自分は責任回避して子供に責任を取らせることだ。
要は、誰も自立していないことになる。
稟議で縛られている会社に未来はない。
そんなところにいたら、
いつまで経っても独立できない。
執筆日:1998/07/23(木)
編集後記
信頼できる組織ほど、
現場へ権限を任せています。
逆に、
細かく縛り続ける組織は、
次第に動けなくなっていく。
自立とは、
自由にすることではなく、
責任を持たせることなのかもしれません。
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