音楽【第11話】

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉は、
現在ではほとんど聞いたことがありません。

音楽関連で全世代をつないでいるものは、
カラオケくらいなのかもしれません。

過去・現在

学生時代からバンドを組んだりして、
今でも仲間と楽しんでいる、
というようなごくまれな例もあるだろう。

しかしサラリーマンにとって、
音楽といったら、
カラオケになってしまう。

通常、ほかに音楽との接点を、
ほとんど持っていないのではないだろうか。

歌謡曲と呼ばれた歌も、
売れていないようだし、
若い人たちの好む音楽が、
我々サラリーマンの間で話題になることも少ない。

私も学生時代は、
英国の四人組に傾倒した方で、
音楽関連の仕事ができたら、
と本気で目指した時期もあった。

当時は、
自分でかなりの曲を作ったりもした。

先日久しぶりに、
改めて挑戦しようとしたら、
昔の作品整理に終始してしまった。

少なくとも今の私の生活には、
改めて曲作りに挑戦する必要も余裕もないだろう。

そもそも、
サラリーマンに音楽の必要性を問うこと自体、
ナンセンスかも知れない。

テレビもかつてほど、
音楽番組は多くない。

プロの喉を聞かせるには、
少し歳(とし)をとりすぎてしまった歌手を集め、
聴く方がはらはらしてしまうような番組。

もう歌手とはいえないような連中による、
同窓会まがいの、
視聴者を置き去りにした番組。

これらを見ていると、
この国はここで進歩が止まっているのではないか、
という不安と腹立たしさを覚える。

公共の電波をやっつけ仕事に使うなよ、
と思うのである。

かつて夢中で見ていたからこそ、
そう感じるのだ。

以前は歌番組で、
「歌は世につれ、世は歌につれ」
というのが、
司会者の決まり文句だった。
しかし、
今はどちらも相関性が薄いためか、
少なくともテレビでは使用されなくなった。

昔から残っている歌番組は、
NHKのど自慢くらいだ。

この番組はマンネリを通り過ぎ、
寅さん映画や、
水戸黄門に似た安堵(あんど)がある。

公共電波使用やむなし、
と思うのは、
単なるわが解釈の身勝手さというものか。

執筆日:1998/05/19(火)

編集後記

私たち団塊の世代にとって、
テレビの歌番組は
サラリーマンの話題のひとつでもありました。

酒の席で話題となり、
そして意気投合し、
カラオケボックスへ行ったものです。

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