年齢を重ねると、
若い頃には気づかなかった
身体の変化を感じるようになります。
視力もそのひとつです。
第98話は、
眼鏡をきっかけに、
自分自身の変化と向き合う姿が
描かれています。
誰もが通る人生の一場面として
共感できる内容ではないでしょうか。
見えることと伝わることの違い
私は生まれつき目が良く、
眼鏡とは一生縁のない人生だ、
と思っていた。
ところが数ヶ月前に、
眼鏡を誂(あつら)えるはめになってしまった。
私は目は良すぎても眼鏡は必要であることを、
初めて知った。
老眼鏡である。
上半分は素ガラスで、
下半分が老眼鏡である。
初めて老眼鏡を通して見たとき、
戸惑った。
まず直線が曲がって見えた。
足元がおぼつかなくなり、
階段を降りるのは少し怖いくらいだった。
経験のない別世界だった。
しばらくは、
よほど必要でなければ使いたくなかった。
それがだんだんと、
事務仕事以外でも使うようになり、
しまいには、
かけて歩くようになり、
かけたまま人と話すようになった。
かけていても、
老眼鏡の存在を忘れるようになったころだ。
話しながら、
ふと眼鏡を通して相手の目を見ると、
何か遮断されているような感じがした。
裸眼同士で話しているときには、
まったく気がつかなかった感覚だ。
透明のガラスでさえ、
目の前にあれば、
長く使用していないと、
違和感はなくならないだろう。
ましてやサングラスや
コンタクトレンズをしていれば、
なおさらだ。
たとえ違和感はとれても、
永久に、
生の視線の触れ合いはないことになる。
以前、妻から、
子供が小さいうちは、
裸眼で子供の目をみつめてやるほうが良い、
と聞いたことがある(ちなみに妻は、眼鏡をかけている)。
たしかに一理あるのかもしれない。
目に物言わすというが、
眼鏡をかけていると、
百言いたいときでも、
百二十くらい言わなければ通じないのではないか、
などとも思ってしまう。
逆にいつも眼鏡をかけている人から、
眼鏡を外して見詰められると、
いつもより強い眼力を感じるのは、
私だけだろうか?
執筆日:1998/08/14(金)
編集後記
年齢を重ねることは、
失うことばかりではありません。
見えなくなるものがある一方で、
見えるようになるものもあります。
そんなことを
改めて考えさせられました。
👉第99話はこちら
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