なぜ加害者と被害者は入れ替わるのか【第86話】

世の中には、
単純に善悪だけでは
割り切れない出来事があります。

被害者だと思われていた人が加害者になり、
加害者だと思われていた人にも事情がある。

今回は、
サラリーマン社会や
人間関係の中で起こる
「加害者と被害者」
の複雑な関係について考えてみます。

見えない事情と責任の行方

被害者がいる場合、
必ず加害者もいる。

しかし、
加害者がほんとうの被害者
であったりする場合もある。

いじめ、
陰湿な嫌がらせなど、
他人の目に見えない状況から起こる現象も、
そのひとつである。

証拠が形で残らないのをいいことに、
執拗に精神的な虐待を繰り返してきた加害者が、
一転して被害者になるケースだ。

たとえば、
いじめられた者が、
いじめた者を、
殴ったり傷つけてしまった場合、
加害者は結果として傷つけた者になる。

いじめた者は被害者になる。

­身体­に直接傷害をうけた、
という理由で。

こういうケースは、
法的には暴力を振るった者が加害者である。

暴力は絶対にいけないことだ。

しかし、
それだけでは片づけられない後味の悪さが残る。

サラリーマンの仕事にも
似たようなことはある。

社内のいじめや、
嫌がらせも多いと聞くし、
果ての暴力沙汰­なども実際にある。

最も深刻なのは、
ときどき新聞沙汰になる、
仕事上で法に触れた社員の措置だ。

事件が明るみに出たときは、
すでに解雇されていたりする。

実際に手を下した者として、
犯罪者扱いとなり、
会社も辞めさせられてしまう。

だいたい
課長、部長クラスに多い。

責任者には何の咎(とが)めもなく、
立場上、
手を下すしかなかった者が責任を取っている。

悪いことと分かっていても、
上からの命令でやらざるをえない者は、
立場上、
致し方ないと思ってやってしまうのが、
現実だろう。

結果的に、
加害者と被害者の双方を
甘受しなくてはならない立場に
追いやられてしまう。

上司の命令といえども、
してはならないことは、
ハッキリと拒否する。

強い心構えを持っていないと、
押し流されてしまう。

加害者であれ、
被害者であれ、
痛みは残る。

ましてや双方を甘受までする必要はない。

執筆日:1998/08/02(日)

編集後記

被害者にも加害者にもなりたくない。

しかし社会の中で生きていると、
知らず知らずのうちに
どちらかの立場に立たされることがあります。

だからこそ、
自分自身の判断基準を持つことが
大切なのだと改めて感じます。

👉第87話はこちら
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