スポーツには、
それぞれ独特の「間」がある。
スピード感に魅力を感じる人もいれば、
ゆったりした空気に落ち着きを覚える人もいる。
相撲を見ていると、
年齢とともに変わっていく
人間の感覚について考えさせられる。
“間”の長さが人生の余裕を映し出している
私は相撲のテレビ観戦が、
比較的好きな方だ。
何か別のことをしていても、
落ち着いて観戦できるゆとりがあるからだ。
野球もサラリーマンには
好まれているスポーツだろう。
特に夏のナイターは、
ビールなど飲みながら観戦するのを、
一日の区切りにしているような人も
いるくらいだ。
圧倒的に若いファンが多いのはサッカーだ。
もちろん、中年以上のサラリーマンもいるが。
サッカーはスピードがあって、
みていて面白い。
しかし目を離せないのでゆとりはない。
野球は、
攻撃と守りの交代、
ピッチャーとバッターのやりとり、
それぞれに間がある。
みていてゆとりがある。
相撲には仕切りという時間がある。
いっぱいになってからみれるという
ゆとりがあり、
とても間の長いスポーツだ。
間の長短が、
みる人の年齢層を
ある程度限定しているようだ。
いずれにしても、
間の長い順に日本では歴史も古い。
私は、
珍しく相撲観戦していた妻に言った。
「よくよく考えてみると、
奇妙なスポーツだよな。
裸で褌(ふんどし)一丁で、
人前で戦うんだから」
「本当よね、世界でも例がないんじゃない」
妻は、相撲も野球も、サッカーも、
めったに観戦しない。
「みている人も全員裸でみなければならない
としたら面白いわね。
ほら、ほら、あそこに映ってる、
あの和服を着たおばさんも、
褌(ふんどし)一枚でみなくちゃいけないのよ」
テレビをみていた妻が、突然言いだした。
私は思わず吹き出してしまった。
たしかに相撲取り以外は、
行司も検査役も、
正装に近い格好をしている。
桟敷を占める観客に和服姿も多い。
しかし全員、
褌一枚でなければ見られないとしたら、
観戦に行く人がいるだろうか。
執筆日:1998/07/19(日)
編集後記
若い頃には気づかなかった
「間」の心地良さを、
年齢を重ねるにつれて感じるようになりました。
速さや刺激だけではなく、
ゆったり流れる時間に
価値を感じ始める。
それもまた、
人生の変化なのかもしれません。

