健康は、
検査だけで守れるものなのだろうか。
現代では、
人間ドックや健康診断が
当たり前のように行われている。
しかしその一方で、
どこか違和感を抱く人も少なくない。
人間ドックに感じる違和感
本日、
毎年1回、必ず実施している
人間ドックに入院した。
もう15回、毎年行っている。
むかし私の父親が、
私の年齢(48)で人間ドックに入っていたか?
考えてみた。
当時は人間ドック自体が少なく、
ほとんどの人は
簡単な定期検診ですませていたように思う。
高い検査代を払って、
どれほど効果があるのか。
これは病院の陰謀で、
金儲けの権化ではないかと疑いたくなるほど、
検査の内容と、
払っている金額のバランスが違い過ぎるように思う。
ものは考えようで、
車検と同様、
事故の起きないよう毎年受けておく必要がある、
と考えるようにして、
まあしかたないか、
と思うのである。
実際ある意味では、
まったく車検の車と同じで、
検査の結果にかかわりなく、
健康状態を維持できるか否かは、
本人次第である。
どんなに良い状態で車検が終わっていようと、
運転を乱暴にしたり、
不注意で事故は起こる。
車は運転が大事なのだ。
同様にドックの検査結果が良いからといって、
暴飲暴食、夜更かし、
無理をすれば病気になる。
ところで、
バリウムで行う胃のレントゲン検査は
なんとかならないだろうか。
高い金を払い、
吐き気を催すバリウムを飲み、
レントゲン技師の命令通りに、
いつも台の上でくるくると回って見せている。
高い金を払い、
好きでもないブランデーを飲み、
むっつりしているホステスの前で、
喋りまくって機嫌をとる社用族でもあるまいし。
これだけ進んだ世の中で、
なぜもっと簡単にできる方法を開発できないのか。
15年間で変わったことといえば、
バリウムの量が少し減ったかな、
と思えるくらいだ。
ほんとうは人間ドックなどに入らないで、
自然に任せて生命をまっとうしていけるのが、
一番良いのだろう。
執筆日:1998/07/03(金)
編集後記
現在の私は、
人間ドックを受けていません。
もちろん健康への意識は大切ですが、
最終的には日々の生活習慣こそが、
身体を支えているのだと思っています。
検査に頼り過ぎず、
自然体で健康と向き合うことも、
一つの考え方なのかもしれません。
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