「プロ意識」とは何だろうか。
肩書きや立場ではなく、
自分の仕事にどれだけ責任を持てるか――
それが問われる場面は、
日常の中にいくらでもある。
ある出来事を通して、
その本質を考えさせられた。
サラリーマンでも問われる責任の本質
明日、
日本は初めてのサッカーワールドカップ初戦を、
アルゼンチンと戦う。
今頃になって、
その入場券をめぐるトラブルのあったことが
明らかになった。
旅行会社が募ったツアーの入場券は
ほとんど手に入らなかったようだ。
フランスで歴史的な試合観戦だけを
楽しみにしていたサポーターの夢は、
無残にも打ち砕かれた。
一抹の可能性にかけて、
出かけて行ったサポーターも
かなりいたようだ。
けなげなものだ。
非常に憤慨したのは、
ニュースで日本の旅行代理店部長が、
インタビューに応じているのをみたときだ。
顔に笑みさえ浮かべて話しているではないか。
すみませんでした、
という気持が顔のどこにも、
微塵(みじん)もなかった。
それどころか、
自分たちが企画したツアーの甘さを棚に上げ、
チケットのブローカーに抗議もせず、
発売元に文句を言っている。
消費者に販売しているのは、
日本の旅行代理店だろう。
ブローカーから、
チケット確保もしていないのに企画を売り出した。
勇み足だ。
報道によると、
この点を現地チケット発売元も
指摘していたという。
しかしその点について、
陳謝している代理店は一社もない。
サラリーマンといえども、
自分のやっている仕事には
もっと責任を持って欲しい。
今回の事態は許せることではない。
しかるべき人(一介のサラリーマンであっても)に
責任をとらせるべきだろう。
サッカーファンでない私でも、
納得のいくことではない。
そんな奴は、
サラリーマンの風上にも置けないと思う。
報道も良くない。
いつもならずさんな企画の責任を問うはずだ。
なぜか今回はキャンセルによる、
旅行代理店の損害だけを大きく報じている。
何が問題か、
核心を報道すべきだろう。
プロ意識を持って。
執筆日:1998/06/14(日)
編集後記
プロ意識という言葉は、
特別な職業にだけ求められるものではないと思います。
どんな立場であっても、
自分の仕事に責任を持つこと。
その積み重ねが、
社会全体の信頼を支えているのではないでしょうか。
👉第38話はこちら
英会話はなぜ続かないのか|努力が報われない現実と時間の使い方

