ネクタイ、ワイシャツとくれば、
次はスーツです。
1998年の私は、
サラリーマンにとって
スーツがどんな存在なのかを考えています。
仕事に必要な服でありながら、
定年まで脱げない不自由さも感じていました。
スーツはサラリーマンの制服なのか
ネクタイ・ワイシャツとくれば、
その総本山はスーツ、
ということになる。
スーツに合わせて
ネクタイやワイシャツが揃えられる。
ネクタイに合わせてスーツを作る人はまれだろう。
一時はスーツの乱売合戦が続き、
安売り店が乱立し、
戦国時代さながらの様相を呈したこともあった。
しかしよく考えてみると、
何十着もスーツは必要ない。
限度があり、
先はすぐに見えたはず。
バブルの浮かれ調子に乗った現象だった、
といえるかもしれない。
何十着も必要ないが、
サラリーマンにとって必ず必要なのが
スーツだろう。
職種によっては、
まれに普段着でやれるサラリーマンも
いるだろうし、
工場の人は作業着で勤務できる。
でもサラリーマンである以上、
そんな人たちも、
一着や二着は持っている。
私は身体が大きいので、
いわゆる吊るしのスーツでは用が足りない。
致し方なく誂(あつら)えることになるのだが、
布地が足りずに三つ揃いも、
スペアズボンも作れない場合が多い。
金銭的には大きな出費となるので、
数年に一回作るのが精一杯だ。
一回にいつも二着作っている。
つまり二着を代るがわる着ることになる。
少なくても夏服・冬服を必要とするので、
負担は大きい。
しかし極端にいえば、
サラリーマンはスーツだけあれば、
他に服は必要ないといっても過言ではない。
仕事上でスーツ以外はほとんど不要である。
サラリーマンにとって、
スーツは武士の裃
(ぶしのかみしも:江戸時代に武士が
公の場で着用した、現代の制服や
スーツに相当する正装・礼服)
といっしょだ。
脱ぐまではくつろげない性質を持った、
ある意味では不自由な、
圧迫感のある着衣である。
にも拘わらず、
定年までは脱げない服である。
定年後、
スーツは不要になるのだろうか。
私はあと数年でスーツを不要にしたい。
サラリーマン解放後、何を着るかは未定だ。
執筆日:1998/10/26(月)
編集後記
28年前の私は、
スーツをサラリーマンの象徴
のように感じていました。
仕事に必要な服である一方で、
定年まで脱げない不自由さも
感じていたようです。
今読み返すと、
「サラリーマン解放後、何を着るかは未定だ」
という最後の一文が印象に残ります。
👉次回記事「第172話」はこちら
使命感|書き続ける力はどこから生まれるのか

