素振り【第112話】

どんな世界でも、
上達のためには地道な積み重ねが欠かせません。

第112話は、
野球の「素振り」に例えながら、
書き続けることの意味について綴った一篇です。

続けることの大切さは、
今も変わらない普遍的なテーマだと感じます。

毎日の積み重ねが未来をつくる

野球で名だたるバッターは、
人知れず素振りの練習をした。

というような逸話は、
よく耳にする話であるが、
現役で選手を続けるなら、
しごく当然のことだろう。

同様に、
私が作家になると決めてから、
毎日ひたすら書き続けているのは、
野球の素振りといっしょだ。

書き続けることによって、
書く習慣を身につけようとし、
常に自分の文を磨き上げようとし、
創造力の停滞を防ごうとしている。

物事にはやってみなくては分からない、
ということは結構あるもので、
書くこともそのひとつかな、
と最近思うようになった。

作家にとっては素振りも同じ、
毎日書くという行為を、
こうして絶えずやっていればこそ、
そんなふうに思えたのだ。

私は元々細かい神経の持ち主ではなく、
物事に頓着する方ではなかったが、
書くようになってからは、
様々な事柄や人間に、
少しは関心を寄せるようになったと思う。

実際に書いているときだけではなく、
常に小説ばかりを考えて、
頭の中で書いていると、
満員電車の中でさえ、
良いアイデアやきらびやかな文章、
憎いタッチの言い回し等、
頭に浮かんでくるものだ。

シャドウボクシングに似ているところから、
私はこれをシャドウライティングと名づけた。

それを書き留めておけば良いのだが、
乗り換えで移動したりすると、
会社へ着くころには忘れている。

要するに、
どんなことでも弛­(たゆ)まぬ努力をし、
飽くなき情熱を持って精進すれば、
ある程度のレベル、
つまり自分が飯を喰うくらいには
なれるだろう。

また家族を養えるようになるまでは、
さらに努力する必要があるのだろう。

そして素振りをしなくなったバッターは、
現役を去らなければならない。
それが自立する者の、
過酷だが当然の掟­(おきて)だろう。

執筆日:1998/08/28(金)

編集後記

努力は、
すぐに結果として現れるものではありません。

それでも続けているうちに、
少しずつ自分自身が変わっていくものです。

この一篇を読み返しながら、
継続することの力を改めて感じました。

👉第113話はこちら
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