サラリーマンにとって、
解放感とは、どんな瞬間に訪れるのだろうか。
人それぞれ、感じ方は違う。
それでも、
「解放される」ということ自体に、
ひとつの豊かさがあるのではないだろうか。
豊かな味わい
サラリーマンにとって、
解放感はどんなときに感じるものだろうか。
会社の終業チャイムを聞いた瞬間(とき)。
家路につくため、
もしくは飲み歩きをするため、
会社から外に出た瞬間。
そうではなく、
はしご酒の出発点である
酒屋の椅子に坐った瞬間。
一杯めの酒、
もしくはビールに口をつけた瞬間。
飲み始めてしばらく経ったとき。
酩酊(めいてい)して、
酒屋の女将(お か み)に起こされ、
目が覚めたとき。
帰りの電車に乗った瞬間。
電車が下車駅に到着した瞬間。
帰宅したときに、
「お帰りなさい」を聞いた瞬間。
家で風呂に浸かった瞬間。
風呂上がりのビールを、呷(あお)った瞬間。
妻の料理を口に頬(ほお)ばった瞬間。
すべてを終えて、
やっと寝床に就いた瞬間。
休日以外には解放感を味わえない人。
いつまでたっても解放されない人。
様々である。
ごくまれなケースに、
飲んだり家にいても解放感はまったくなく、
唯一、仕事をしているときにだけ
感じている人がいる。
見ていると、
サラリーマンであることが、
その人の心を支えているような錯覚に陥る。
こういう人は、
サラリーマンを解放される必要は
まったくないだろう。
いや、
ほんとうはこんなタイプが、
最もサラリーマンを解放されるべき人
なのかもしれない。
なぜなら、
人生、サラリーマンがベスト
ではあり得ないからだ。
少なくとも、
現状のサラリーマンでは
ベストとはいえない。
これに異論のある人はそれほど多くはない、
と思うのだが。
解放感を味わうことで、
人生は豊かになる。
執筆日:1998/06/10(水)
編集後記
健全な解放感は、
無理にサラリーマンを手放すこと
で得られるものではありません。
地に足のついた選択でなければ、
かえって方向を見失ってしまうこともあります。
だからこそ、
どのように「解放」を捉えるかが
重要なのだと思います。
👉第34話はこちら
ストレス|常にあるもの

