宗教【第24話】

日本は様々な神を作るのが好きなようです。

○○の神、と言って、
ひとつの分野の最高峰をたたえます。

サラリーマンの神様は誰?
かも分からずにサラリーマン教は
脈々と続いています。

サラリーマン教

日曜日、
妻はクリスチャンなので、
朝早くから礼拝に出かけて行く。

私は、彼女の仲間、
つまり近所に住む
伝道者や牧師(ほとんどがアメリカ人)とは、
たまに食事をしたり、
つきあいはある。

しかし私は無宗教だ。

父が亡くなったとき、
初めて実家の宗派を具体的に知った。

私は、上に姉がいるだけなので、
長男として
告別式等に僧侶­を呼ばなければならない
立場だったのだ。

何宗だったか覚えていたのは、
式が終わるまでだった。

今はまた忘れてしまった。

人は亡くなったらどういう葬式をされようが、
当人はまったく分からないのであるから、
どうでも良いと思ってしまう。

ましてや、
生きている内に死後のことを考えても、
ほとんど意味がない、とも。

変な新興宗教にかぶれるくらいなら、
ほどほどの賭事
――パチンコ、麻雀、競馬――
に多少の金と暇を費やした方が、
罪はないなどと思ってしまうほうだ。

しかし日本人は、
日本そのものが宗教であり、
日本民族そのものが宗教団体ではないか
と思わせるほど、
宗教には無縁でいられる、
世界でも珍しい民族ではないか。

どの国でも、
宗教による社会問題は
歴史の一部を形成している例が多い。

日本では小さな出来事はあったにしても、
歴史的に、
のちの日本に大きく影響を与えるような
宗教事件はない、
希­有な国といえよう。

結局私たちは、
サラリーマン教なのかもしれない。

­拠り所をそこに見­出している人たちの
何と多いことか。

定年後、
早死にする人もいるというのは、
サラリーマンという
拠り所を失なってしまうからだろうか。

人にとって、
宗教が拠り所であるのなら、
自分にとって、
永遠の宗教を探すため、
サラリーマン解放させなければならない。

執筆日:1998/06/01(月)

編集後記

今は
私もクリスチャン。

夫婦で礼拝に臨むことができる幸福は、
何よりの恵みです。

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