刺激【第185話】

仕事でも暮らしでも、
刺激がまったくなければ
退屈してしまうことがあります。

1998年の私は、
自分にとってちょうどよい刺激とは何か
を考えながら、
会社員生活と作家への夢を重ねています。

刺激のない仕事から抜け出したい

私はあるていど刺激がないと、
物事を継続させることはできない。

いまの仕事はまったくといっていいほど、
刺激に欠ける。

要するに面白くないのだ。

妻と私は、
大都会で暮らすには向いていないが、
さりとて田舎でも暮らせないな、
とよく話す。

中都市というか、
観光地ていどの刺激はないと駄目だろう、
という結論になり、
究極は、
ハワイで暮らすのが一番良いだろう、
ということになっている。

私には刺激が強すぎて、
ノイローゼになるほど忙しい仕事は向いていない。

さりとてまったく刺激がないのも駄目だろう、
という結論から作家になろう、
というわけではない。

私は心身ともに長生きしたければ、
作家になってハワイで暮らすのが一番と信じ、
実現に向け、
日夜頑張っている。

サラリーマンだから、
そんな贅沢(ぜいたく)なことは
いっていられないはずなのだが、
会社の仕事はあまりにもつまらない。

毎日適当にやっていれば、
給料を貰(もら)えるような
錯覚に陥ってしまうほど、
いまの仕事には刺激がなくなっている。

同じ部署に七年もいると、
マンネリ化してしまうのは否めない。

マンネリでも、
一定のスパンがあって、
リズミカルに循環しているのなら、
耐えることもできるのだろうが。

実際、
サラリーマンの仕事などは、
だいたいがそんなものかもしれない。

ときどき刺激が薬味のようにあって、
なんとかもっているのだろう。

この不景気に、
こんな気楽なことをいっていられるのは
サラリーマンだからだろうか。

しかし私の場合、
あと数年で
マンネリズムから脱却するだろう。

一瞬の休息だと思っている。

作家の仕事は、
そんなに気楽ではないだろうから。

執筆日:1998/11/09(月)

編集後記

1998年の私は、
刺激のない仕事に物足りなさを感じながら、
作家になってハワイで暮らすという夢を描いています。

2026年の今から読むと、
その夢の描き方そのものが懐かしく感じられます。

それでも、
日々に適度な刺激が必要だという感覚は、
今も変わりません。

👉次回記事「第186話」はこちら
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