真逆の宴席を同時にやるわけです。
学校で言えば
入学式と卒業式を同時やる
という事になるでしょう。
それに対して違和感を持たず
当り前の行事としているところに
サラリーマン教たる所以があるのでしょう。
いたわりの宴席
今日は職場で宴席があり、出席した。
歓送迎会だ。
いかにもサラリーマンらしいではないか。
日常生活で、
歓迎会と歓送会が同時に起こるのはまれだ。
ところがサラリーマンの職場では、
日常茶飯に起こる。
いままで同じ職場にいた人は異動し、
代わりの人がやって来る。
歓迎会。
狭い職場にとっては、
必要なのかも知れない。
裏腹に、まったく不要なのかも知れない。
これからも、
いやというほどつきあうわけだから、
必要ないではないか、
という意見もある。
お近づきのしるしに一献、
というわけだが、
とにかく酒好きな国民性の典型的な習慣ではある。
歓送会。
こちらは、
歓迎会とは少し違うかもしれない。
もしかしたら
これきりで会えなくなる可能性がある。
まあ、別に会えなくなっても構わない、
といえば味もそっけもないが、
別れであることに間違いはない。
この出会いと別れを、
一遍にやってしまおうという、
まさにすさまじくせっかちな宴会である。
過去に、
同じフロアーで歓送迎会をやったとき、
実に半分近くの人間が、
出て行く者か、
入って来る者のどちらかであった。
お座なりにやるのであれば、
やらない方がいいと思う。
それでもやってあげないと、
なにか意地悪しているような、
きまずさを覚えるのであろう。
私は、
本当によく来たな、
本当に別れるのが残念だな、
と思うなら有志だけでやればいいと思う。
だから、
実際に歓送会は、
真実別れを惜しむ数人でやることが多い。
大人数の歓送会には出席しないで。
しかし、
有志だけの歓迎会、歓送会だと、
誰からも声の掛からない人が
出てくる可能性もある。
さすれば、
やはり、
サラリーマン同士のいたわりか。
執筆日:1998/06/05(金)
編集後記
現在
歓送迎会があるのか否かは
定かではありません。
慣れ親しんだ様々な当り前の事が
時間とともに変わり
いずれ本当に必要なものだけが
残っていくのだと思います。
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ルール|なき社会の始まりか?

